第65章

、僕は、もう吸血鬼じゃないとは言え、それは十分に考えられるかもしれない。いつ

か八九寺と話した、ギャルゲーの主人公云々の話ではないが……そういう現実的な理由付け

は、可能だ。

さてこそ羽川。

ものの見方が違う。

けれど――だとすると、それは嫌な話だ。

だって、それが本当だとすると、今僕が、戦場ヶ原ひたぎと付き合っていることの意味が、

全く様変わりしてしまいはしないか――

八九寺とあんなに楽しく話せるのも。

神原があんなになついてくるのも。

それに千石のことだって――

「……ごめんね」

羽川が言う。

「今、私、意地悪なこと言ったよね」

「別に――そうでもないだろ。むしろ納得したくらいだぜ。なるほど。考えてみれば、去年ま

での僕は、かなり本気で一人も友達がいないくらいだったしな――思い出すぜ、携帯電話のア

ドレス帳に、誰も登録されていなかったあの時代を……」

全部覚えてられたんだもんな。

今はもう、ちょっと無理。

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「魅了ね。なるほど。お前は何でも知ってるな」

「何でもは知らないわよ」

羽川は言った。

「何でもは知らないわよ――何にも、知らない」

「…………?」

あれ?

なんか、いつもの台詞と、違う?

しかしその疑問を口にする前に、

「春休みに私と会ったときには、もう、阿良々木くんは吸血鬼――だったんだよね」

と、羽川は言ってきた。

「ああ。正にその渦中、もどきでもなんでもない、正真正銘、真性のリアル吸血鬼だった頃だ

な。はは、じゃあ、お前も案外、僕に魅了されちゃってたりして――痛い!」

僕の胴に回された羽川の腕が圧力を増した。

これはサバ折りという相撲の技じゃないのか!?

「いいえ阿良々木くん。サバ折りは正面から掛ける技だし、相手に膝をつかせるのが目的で

あって、内臓を潰すことを目的とはしてないわ」

「そうなのか、物知りだな……って、内臓を潰す!?」

今羽川が戦場ヶ原みたいなこと言った!

女は怖い!

この上、でもこの技、背中に大きな二つのクッションがあるからそこまでの威力はないとい

う事実にまで羽川が気付いてしまったら、僕は一体どうすればいいんだ!?

というか、これは僕が悪かった。

状況も弁えず、不謹慎なことを言った。

現在、羽川の心理状態は、かなり不安定なはずなのだ――中途半端に記憶が戻ってしまった

所為で、その欠落とその喪失を埋め合わせようと、色んな、本来考えなくてもいいようなこと

を、考えてしまっているはずだ。

まともに頭が働かなくても無理はない。

さっきは、そんな状況にありながらも、僕の出席日数や文化祭の準備などを気に掛ける、羽

川の計算高さに感心したが、しかし、よくよく考えてみれば、僕に忍野の住む廃墟、学習塾跡

への道案内を頼みたいだけだったなら、それはメールのやり取りだけで十分なのだ。道順を

メールで送って欲しいと要請するだけでいい――何も僕に学校をサボらせてまで、遠く離れた

公園にまで、呼び出すことはないのである。

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なのに、呼び出した。

それは、頭が回らなかったからじゃない。

不安だったからだろう。

僕でも時間をかければわかることに、羽川がすぐに気付かないわけがない――だから、気付

かなかったわけではない。つまり、一人で怪異に立ち向かうことに、羽川はきっと、怖気づい

たのだ。

ありがたいと思う。

結局、僕では、今回もまた、何の役にも立てないだろう――忍野メメと忍野忍に頼って、猫

の怪異を解決してもらうしか、すべはないはずだ。羽川に対し、僕にできることなど、何もな

い。できることは全部やるなんて言っても――僕にできることなんて、最初から何もないの

だ。

それでも、そばにいることはできる。

必要なときにそこにいてくれたという事実は、ただそれだけのことで、何にも増して、あり

がたいものだ――とは、戦場ヶ原父の言葉。

それを言うなら、僕にとって、本当に必要なときにそこにいてくれたのは、誰でもない、羽

川翼だった。

だから僕は決めているのだ。

羽川にとって必要なときに、たとえ何もできなくたって、僕は絶対に、そこにいる、と――

私は変わらないもん。

羽川は昨日、そう言った。

けれど、やっぱり、変わらないものなんてないと思う――実際、羽川にしたって、僕から見

れば、結構、変わっている。

怪異にかかわってから――変わっている。

本屋で聞いた進路のことが、その最たるものだ。

二年くらいかけて――世界を放浪。

旅に出る。

少なくとも昨年度までの羽川なら、そんな夢みたいな進路は選ばなかったはずだ――明確に

定められていた、お決まりの、優等生としてのレールがあったはずだ。

どちらが正しいとかどちらが間違っているとかじゃない――ただ、やっぱり、羽川翼は、変

わったのだ。

それがゴールデンウィークが終わってからのことなのか、それとも、春休みが終わってから

なのか――そこまでは、僕にはわからないけれど。

おじけ

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けれど。

そこからは大した会話もなく、僕と羽川は、忍野と忍が現在の根城としている、数年前に潰

れた学習塾跡の廃ビルへと、到着した。ぼろぼろのフェンスで囲まれた、まごうことなき廃

墟。立入禁止の看板が乱立するこんな建物を、二人は不法占拠しているのだった。この三ヵ月

で、僕は一体何回、この廃墟を訪れただろうと、ふと思う。すっかり、ここを訪問すること

に、慣れてしまっている自分に気付く。怪異が、決して非日常でなくなってしまっている、そ

んな自分に――

「おや。阿良々木くんじゃないか」

急に。

そんな風に、正面から、声を掛けられた。

「それに、委員長ちゃん……だよね。僕は女性に髪型を変えられると誰だかわからなくなっ

ちゃうんだけど、うん、その眼鏡は間違いなく委員長ちゃんだ。はっはー、委員長ちゃんは久

し振り、阿良々木くんは一日振り」

忍野メメだった。

破れかけのフェンスの向こう側に、サイケデリックなアロハ服の中年男が、飄々とした仕草

で、立っていた。相変わらずの薄汚い姿だが、そう言えば、こいつがこんな風に、建物の外に

出て活

動している姿を、僕は久し振りに見る。廃墟に引きこもっている、一風変わったタイプ

の引きこもりの癖に、何をしていたのだろうか。

「ん……あれ? 忍野。いつもはお前、見透かしたみたいに、僕が来るたんびに『待ってた

よ』とか『待ちくたびれたよ』とか、そういう風なことを言うのに、どうしたんだ、このたび

はそういうの、言わないのか?」

「あー、え? そうだっけ?」

何故か不自然な態度の忍野。

それを誤魔化すように、

「委員長ちゃん」

と、自転車の後ろの羽川に、話題を振った。

「委員長ちゃんは、本当に久し振りだね。どうしたんだい? 今日は平日だろう。阿良々木く

んならともかく、委員長ちゃんがサボタージュってのは考えにくいねえ。はっはー、そうか、

これがあれだ、噂に聞く創立記念日って奴か」

「あ、その……違います」

「ん? 帽子、似合うね――その帽子」

忍野は、すぐに、羽川のかぶる帽子に目

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