有していても、記憶を共有しているわけじゃないにゃ。お前が言った通り、俺にわ
かるのはストレスに関することだけにゃん」
「ああ、そうだっけ」
でも――羽川と会った段階で、僕は吸血鬼だった。それも、もどきでもなんでもない、人間
に戻る以前の、正真正銘の吸血鬼時代だ魅了とやらの効力も、今の比ではないだろう。羽川
は、もろにそれに、当てられてしまったはずだ。
「羽川は真面目な奴だから、それで思いつめちゃったっていうんなら、百パーセント被害者だ
よなと思ってさ――」
「………………」
「どうした? 急に黙り込んで」
? ? ? ? ? ? ぼうとく
やゆ あざけ
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
こ
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「いや――それは違うにゃ」
ブラック羽川は言った。
「確かに、吸血鬼の特性に魅了ってのがあるのは本当だけれど――それが使えるのは純粋にゃ
吸血鬼の中でも、限られた種だけにゃ。だから、そもそも、お前みたいに人間から吸血鬼に
にゃったパチモンの吸血鬼には、魅了は使えにゃいにゃ」
「え……でも」
「大体、魅了ってのはそんにゃ漫画に出てくる惚れ薬みたいにゃ便利にゃ能力じゃにゃいにゃ
ん。その能力を行使された側は、自意識が消失しちゃうにゃ。ただの操り人形を作る能力にゃ
ん」
「操り――人形。虜じゃないのか」
「たとえば人間、お前の周りの女の子は、お前の言うことに絶対服従するか? 何一つ逆らう
ことにゃく、お前の言う通りに動く奴がいるか?」
「………………」
そんな奴は一人もいねえな。
間違いなく一人もいない。
一番大人しい千石でも、僕に高校前の正門でブルマーとスクール水着を託すという常識では
考えられない暴挙を行なっている。
でも、羽川の知識で――それを言うのか?
だって、僕はその羽川の口から――
――意地悪なこと言ったよね。
ああ……そういうこと。
嘘か。
つかないはずの――嘘。
だったら、戦場ヶ原は勿論――羽川も。
しかし、それは意地悪というよりも、現状から見る限り、悲鳴のようなものだったのではな
いだろうか――つまり、そうであればよかったのにという、羽川翼の切ない願望。そうであれ
ば、自分のストレスも、少しは緩和できるのに――何かの所為にできるから。
けれど、何の所為にもできない。
「人の気持ちは変えられにゃい――にゃ。しかし、にゃるほど。そりゃあまあ、ご主人らしく
もにゃかったにゃ。ふん、俺は嘘をつく頭がにゃいからバラしちゃったにゃ」
「それもまた、辛い役目を押し付けた――ってことになるんだろうな」
いいことではないだろう。
ぼうきょ
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でも、今の僕は違ってよかったと、安堵する気持ちの方が大きかった。吸血鬼の、怪異の力
ではなく、僕は僕として――
阿良々木暦だから。
「じゃあ――僕は、誇っていいんだな」
「あん?」
「羽川に、好きになってもらえたことを――」
それが栄誉でなくて何だろう。
その事実だけで生きていられる気さえする。
しかし全く、こんなことになってしまって……本当に、僕は一体何をすれば羽川に対して、
恩返しをしたことになるんだろうか――
「まあ、とりあえずはお前を引っ込めることなんだよな――畜生、忍は本当にどこに行っち
まったんだ。協力してもらってるみんなからも、一個の連絡も入らないし……、ああ、そろそ
ろ、千石の奴には撤収命令を出さないと……」
って、どうすればいいんだ?
あいつ、携帯電話持ってないじゃん。
しまった、向こうからこちらへの連絡手段は公衆電話でいいとしても、こちらから向こうへ
の連絡手段がない……。どうする? あいつもあいつで変なところで強情だから、見つからな
いとなればどんな深夜に及んでも、自分からは帰らないぞ……。
神原……かなあ?
あいつに、一旦、忍の探索を中止してもらって、暫定的に千石探しをしてもらう……そんな
ところか。ああ、なんで僕、肝心のところで、あいつに頼ってばっかりなんだろう……このま
まじゃ本当に、神原に対して頭が上がらないよ。あの後輩のいうことなら、なんでもきいちゃ
いそう。
「にゃあ、人間」
と。
ブラック羽川は、携帯電話を取り出した僕に、そんな風に、話しかけてきた。なんだか、そ
れまでと、違う感じの口調だった。
「もう一つ――あるんだがにゃ」
「もう一つ?」
「吸血鬼に頼らず、俺を迅速に効率よく引っ込める策――お前がご主人と付き合ってくれ
りゃ、それが一番手っ取り早かったんだけど、二番目くらいには手っ取り早い策にゃ」
「お前の頭脳でどういう策が思いつくのか、疑問だが……一応聞こうか。どういう策だ?」
ざんてい
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「お前、ちょっと歩くにゃん。その街灯の下辺りまで」
「こうか?」
言われた通りにする僕。
あまり期待はできないがこのような状況だ、取れるべき策は何であれ、試してみるべきだろ
う。しかし、僕がほんの数メートル移動してどうなるというのだ。
「あー、もうちょっと前にゃ。そこだと、真下ににゃっちゃうにゃん」
「真下?」
相変わらずの意味のわからない言葉に首を傾げながら、とりあえずもう一歩、僕は前に出た
――そこで。
背後から、抱きつかれた。
足音もなく――物音もなかった。
狩りをする猫の動き。
両腕で、僕の両脇を通して胴に巻きつくように――抱きつく。サバ折り、いや違う、サバ折
りは正面から掛ける技だし、相手に膝をつかせるのが目的であって、内臓を潰すことを目的と
はしてない――それに。
エナジードレインを目的とはしていない。
一気に――吸われる。
多少の衣服など関係ない。
二つの大きなクッションも関係ない。
全身が急速に衰弱していくのを感じる。
「ね、猫――てめえ」
首だけで後ろを振り返る体力もない。今朝、僕が八九寺に同じようなことをしたとき、あの
彼女がそうしたように、悲鳴を上げることさえも、まるでできなかった。
小指一本、動かせない。
しかし、振り返
って確認するまでもなかった――僕に背後から抱きついているのは、ブラッ
ク羽川だった。僕をその場から移動させたこと自体には、何の意味もなかったのだ――単に、
僕を歩かせて、自分に背中を向けさせれば、それでよかった――
油断させて。
吸い取るために。
「だからよ――慣れたつもりににゃってんじゃねーって、言ったろ? 俺らと人間は、どう
あっても相容れるもんじゃねーんだからにゃん」
「ぐ……う、うう――」
? ?
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「人間にゃんかと和気藹々とするほど、俺は落ちぶれちゃいにゃいんだよ――どっちがより馬
鹿かって結論は、どうやら出たみたいだにゃ」
確かに――悔しいが、障り猫の言う通りだった。
既に、状況はどうしようもない。そもそも、正面から向かい合っても、僕と障り猫とでは勝
負にはならないのだ。怪異の後遺症しか残していない僕が、怪異本体を相手にして、抗えるす
べがあるわけも