。
「戦場ヶ原、なんて、一見危なっかしい感じの苗字だけど、まあ、何の問題もない、優等生だ
よ。頭いいし、掃除とか、サボらないし」
「だろうな。それくらい、僕にもわかる。僕じゃわからないことが、聞きたいんだ」
けが
? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
けが
き
つか
みょうじ
試用中
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試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
試用中
「でも、同じクラスになって、まだ、丁度一ヵ月くらいだしね。わかんないってのが、やっぱ
りかな。ゴールデンウィーク、挟んじゃってるし」
「ゴールデンウィークね」
「ん? ゴールデンウィークがどうかした?」
「どうもしない。続けて」
「ああ……そうだね。戦場ヶ原さん、言葉数も多い方じゃないし――友達も、全然、いないみ
たい。色々、声かけてはみてるけど、彼女の方から、壁作っちゃってる感じで――」
「………………」
さすが、面倒見のいいことだ。
無論、それを見込んでの、質問だったのだが。
「あれは――本当に難しいわ」
羽川は、言った。
重い響さで。
「やっぱり病気の所為なのかな。中学生のときは、もっと元気一杯で、明るい子だったんだけ
どね」
「……中学生のときって――羽川、戦場ヶ原と同じ中学だったのか?」
「え? あれ、それを知ってて私に訊いたんじゃないの?」
こっちが意外だというような表情を、羽川は浮かべる。
「うん、そうだよ。同じ中学出身。公立静風中学。もっとも、同じクラスだったことは、やっ
ぱりないけれど――戦場ヶ原さん、有名だったから」
お前よりもか、と言いかけて、とどまる。羽川は、有名人扱いされるのを、ことのほか嫌う
のだ。正直自覚が足りないとは思うが、本人は自分のことを『ちょっと真面目なだけが取り柄
の普通の女の子』程度にしか捉えていないらしい。勉強なんて頑張れば誰でもできるというお
題目を、本気で信じているのである。
「すごく綺麗だったし、運動もできたから」
「運動も……」
「陸上部のスターだったんだよ。記録も、いくつか残ってるはず」
「陸上部――か」
つまり。
中学時代は、あんな風ではなかったということ。
元気一杯で、明るい――というのも、正直言って、今の戦場ヶ原からは、全く想像ができな
い。
いっぱい
きよかぜ
がんば
きれい
? ? ? ?
10
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試用中
試用中
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試用中
試用中
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「だから、話だけなら、色々聞いたもんだったよ」
「話って?」
「すごく人当たりのいい、いい人だって話。わけ隔てなく誰にでも優しいって、そこまで言え
ば言い過ぎじゃないのかってくらい、いい人で、しかも努力家だって話。なんか、お父さんが
外資系の企業のお偉いさんらしくって、おうちもすごい豪邸で、すごいお金持ちなんだけれ
ど、それでも全然気取ったところがないんだって話。高みにあって、更に高みを目指してい
るって話」
「超人みたいな奴だな」
まあ、その辺は、話半分なのだろうけれど。
噂は噂。
「全部、当時の話だけれどね」
「……当時」
「高校に入って、身体を壊した、みたいなことは、一応、聞いてはいたんだけれど――それで
も、だから、実を言うと、今年、同じクラスになって、びっくりした。間違っても、あんな、
クラスの隅の方にいる人じゃなかったはずだもの」
私の勝手なイメージの話だけれど、と羽川。
確かに勝手なイメージなのだろう。
人は変わる。
中学生の頃と高校生の今じゃ、訳が違う。僕だってそうだし、羽川だってそうだ。だから戦
場ヶ原だって、そうだろう。戦場ヶ原だって、色々あっただろうし、本当に、戦場ヶ原は身体
を壊しただけなのかもしれない。その所為で、明るかった性格を失っただけなのかもしれな
い。元気を一杯、失ったのかもしれない。身体が弱っているときは、誰だって弱気になるもの
だ。もとが活発だったというのなら、なおさらである。だから、その推測が、きっと正しいの
だろう。
今朝のことさえなければ。
そう言える。
「でも――こんなことを言っちゃいけないんだろうけれど、戦場ヶ原さん」
「何」
「今の方が――昔より、ずっと綺麗、なんだよね」
「………………」
「存在が――とても、儚げで」
沈黙するに――十分な言葉だった。
へだ
ごうてい
11
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試用中
それは。
存在が儚げ。
存在感が――ない。
幽霊のように?
戦場ヶ原ひたぎ。
病弱な少女。
体重のない――彼女。
噂は――噂。
都市伝説。
街談巷説。
道聴塗説。
話半分――か。
「……あー。そうだ、思い出した」
「え?」
「僕、忍野に呼ばれてるんだった」
「忍野さんに? 何で?」
「ちょっと――まあ、仕事の手伝いを」
「ふ、ううん?」
羽川は微妙な反応を見せる。
いきなりの話題の切り替え――というか、露骨なまでの切り上げ方に、不審を覚えているよ
うだ。仕事の手伝いという微妙な言い方も、その疑いに拍車をかけているのだろう。これだか
ら、頭のいい奴の相手は苦手だ。
察してくれてもよさそうなものなのに。
僕は席を立ちつつ、半ば強引に続けた。
「というわけで、僕、もう帰らなくちゃいけないんだった。羽川、後、任せていいか?」
「埋め合わせをすると約束できるなら、今日はいいわ。大した仕事も残ってないし、今日は勘
弁してあげる。忍野さんを待たせても悪いしね」
羽川は、それでもとりあえず、そう言ってくれた。忍野の名前が効いたらしい。僕にとって
そうであるように、羽川にとっても忍野は恩人にあたるので、不義理は絶対に有り得ないのだ
ろう。まあ勿論、その辺は計算ずくだけれど、まるっきり嘘というわけでもない。
「じゃあ、出し物の候補は、私が全部決めちゃっていい? 後で一応、確認だけはしてもらう
けれど」
がいだんこうせつ
おしの
ろこつ ふしん
はくしゃ
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試用中
「ああ。任せる」
「忍野さんによろしくね」
「伝えとくよ」
そして僕は教室から外に出た。
003
教室から出、後ろ手で扉を閉じ、一歩進んだところで、背中から、
「羽川さんと何を話していたの?」
と、声を掛けられた。
振り向く。
振り向くときには、まだ僕は、相手が誰だか把握できていない――聞き覚えのない声だっ
た。しかし聞いたことのある声ではあった。そう、授業中に教師に当てられて、決まり文句の
ように発する、か細い『わかりません』――
「動かないで」
その一言目で、相手が戦場ヶ原であることを僕は知る。僕が振り向いたその瞬間、狙い澄ま
したように、まるで隙間を通すように、僕の口腔内に、たっぷりと伸ばしたカッターナイフの
刃を、戦場ヶ原が通したことも――知った。
カッターナイフの刃が。
僕の左頬内側の肉に、ぴたりと触れる。
「…………っ!」
「ああ、違うわ――『動いてもいいけれど、とても危険よ』というのが、正しかったのね」
加減しているのでもない、しかしかといって乱暴にしているのでもない、そんなぎりぎりの
強さで――刃は、僕の頬肉を、引き伸ばす。
僕としては、もう間抜けのように、大きく口を開いて、微動だにせず、戦場ヶ原