るはずだ。
人さし指と親指で摘んで、一気に。
鋭い痛みに、鈍い味が加わった。
血が噴き出したらしい。
「……くあぁ……」
大丈夫。
この程度なら――僕は大丈夫。
すく
きびす
? ? ? ?
さっき やわ な
そうてん
つま
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
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べろで、頬の内側にできた二つの傷穴を、舐めるようにしながら、僕は抜き取ったホッチキ
スの針を、そのまま折り曲げて、学ランのポケットに入れた。さっき戦場ヶ原が落とした針
も、拾って、同じようにした。誰かが裸足で踏んだりしたら危険だ。もう僕にはホッチキスの
針がマグナム弾と同じようにしか見えなかった。
「あれ? 阿良々木くん、まだいたの?」
していると、教室から羽川が出てきた。
どうやら作業は終わったらしい。
ちょっと遅い。
いや、ナイスタイミングというべきか。
「忍野さんのところ、早くいかなくていいの?」
疑問そうに言う羽川。
何も悟ってない風だった。
壁一枚向こう側――そう、全く、こんな薄い、壁一枚向こう側なのだ。それなのに、羽川に
全く悟らせずに、あれだけの荒業をやってのけた戦場ヶ原ひたぎ、やはり――只者ではない。
「羽川……お前、バナナ、好きか」
「え? まあ、別に嫌いじゃないけれど。栄養価高いし、好きか嫌いかでいえば、うん、好き
かな」
「どんな好きでも校内では絶対に食べるなよ!」
「は、はあ?」
「食べるだけならまだいい、残った皮を階段にポイ捨てしてみろ、僕はお前を絶対に許さな
い!」
「一体何を言っているの阿良々木くん!?」
手を口に当て、戸惑いの表情の羽川。
そりゃそうだろう。
「それより阿良々木くん、忍野さんの――」
「忍野のところへは――これから行くんだよ」
そう言って。
僕はそう言って、羽川の脇を抜けるように、一息に、駆け出した。「あー! こら、阿良々
木くん、廊下を走っちゃ駄目! 先生に言いつけちゃうよ!」と、後ろから羽川の、そんな声
が聞こえたが、当然のように黙殺する。
走る。
とにかく、走る。
な
はだし
ただもの
とまど
わき
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角を折れたところで、階段。
ここは四階。
まだ、そう離れていないはずだ。
ホップ、ステップ、ジャンプのように、二段、三段、四段飛ばしで階段を飛び下りて――踊
り場で着地。
衝撃が脚に来る。
体重分の衝撃だ。
こんな衝撃も――
だから、戦場ヶ原には、ないのだろう。
重さが無い。
重みが無い。
それは――足元が覚束ないということ。
蟹。
蟹と――彼女は言った。
「こっちじゃ、なくて――こっちか」
まさか今から、横に折れたりはしないだろう。追いかけてくると思っているわけもない、素
直に縦に、校門に向かっているはずだ。部活も、どうせ帰宅部に決まっている、仮に何らかの
何らかに属していたとしても、こんな時間から始まる活動なんて有り得ない。そう決め付け
て、僕は三階から二階へ、躊躇無く、階段を降りる。飛び降りる。
そして二階から一階への踊り場。
戦場ヶ原は、そこにいた。
どたばた音をさせながら、転がるように追いかけたのだ、既に察していたのだろう、こちら
に背中を向けてはいるものの、既に、振り返っている。
冷めた目で。
「……呆れたわ」
そう言う。
「いえ、ここは素直に驚いたというべきね。あれだけのことをされておいて、すぐに反抗精神
を立ち上げることができたのなんて、覚えている限りではあなたが初めてよ、阿良々木くん」
「初めてって……」
他でもやってたのかよ。
百日の説法とか言ってた癖に。
でも、確かに、考えてみれば、『体重が無い』なんて、触れられればそれですぐにバレてし
あし
おぼつか
ちゅうちょ
あき
くせ
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まうような秘密を、完全に守り通すなんてこと、現実的には不可能だよな……。
そう言えば『今現在』って言ってた、こいつ。
本当に悪魔なのかもしれない。
「それに、口の中の痛みって、そう簡単に回復するようなものじゃないはずなのだけれど。普
通、十分はその場から動けないのに」
経験者の台詞だった。
怖過ぎる。
「いいわ。分かった。分かりました、阿良々木くん。『やられたらやり返す』というその態度
は私の正義に反するものではありません。だから、その覚悟があるというのなら」
戦場ヶ原はそう言って。
両腕を、左右に、広げた。
「戦争を、しましょう」
その両手には――カッターナイフとホッチキスを始めに、様々な文房具が、握られていた。
先の尖ったHBの鉛筆、コンパス、三色ボールペン、シャープペンシル、アロンアルフア、輪
ゴム、ゼムクリップ、目玉クリップ、ガチャック、油性マジック、安全ピン、万年筆、修正
液、鋏、セロハンテープ、ソーイングセット、ペーパーナイフ、二等辺三角形の三角定規、三
十センチ定規、分度器、液体のり、各種彫刻刀、絵の具、文鎮、墨汁。
…………。
将来、こいつと同じクラスだったという事実だけで、世間から謂れなき迫害を受けてしまう
ような予感がした。
個人的にはアロンアルフアが一番デンジャラス。
「ち……違う違う。戦争はしない」
「しないの? なあんだ」
どこか残念そうな響きだった。
しかし広げた両腕は、まだ収めない。
文房具という名の凶器は、きらめいたままだ。
「じゃあ、何の用よ」
「ひょっとしたら、なんだけれど」
僕は言った。
「お前の、力になれるかもしれないと、思って」
「力に?」
心底――
せりふ
こわ
にぎ
とが
はさみ じょうぎ
ぶんちん ぼくじゅう
いわ
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馬鹿にしたように、彼女は、せせら笑った。
いや、怒ったのかもしれない。
「ふざけないで。安い同情は真っ平だと言ったはずよ。あなたに何ができるっていうのよ。
黙って、気を払わないでいてくれたらそれでいいの」
「…………」
「優しさも――敵対行為と看做すわよ」
言って。
彼女は一段、階段を昇った。
本気だろう。
躊躇しない性格であることは、先程のやり取りで、もう分かり過ぎるほど分かっている。嫌
というほどに、だ。
だから。
だから僕は何も言わず、ぐい、と、自分の唇の端に指を引っ掛けて、頬を伸ばして見せた。
右手の指で、右頬を、だ。
自然、右頬の内側が、晒される。
「――え?」
それを見て、さすがの戦場ヶ原も、驚いたようだった。ぽろぽろと、両手に持っていた文房
具という名の凶器を、取り落とす。
「あなた――それって、どういう」
問われるまでもない。
そう。
血の味も、既にしない。
戦場ヶ原がホッチキスでつけた口の中の傷は、既に、跡形も無く、治ってしまっていた。
004
春休みのことである。
僕は吸血鬼に襲われた。
リニアモーターカーが実用化し、修学旅行で海外へ行くのが当たり前みたいなこの時代に、
恥ずかしくってもう表に出られないくらいの事実だが、とにかく、僕は吸血鬼に襲われたの
くちびる
さら
おそ
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