第14章

いや、それも、

いつか敵になるかもしれない――からなのだろうか。

「よく話しているのは、向こうが僕に、勝手に話しかけてきているだけだよ」

「身の程知らずな口振りね。羽川さんの方が、あなたに片恋だとでも言いたいの?」

「それは、絶対、違う」

僕は言う。

「羽川のあれは単純に面倒見がいいだけだ。単純に、そして過剰に、な。あいつは一番駄目な

奴が一番可哀想だって、そんな愉快な勘違いをしているんだ。駄目な奴が、不当に損をしてい

るって、そんな風に、思ってるんだ」

「それは本当に愉快な勘違いね」

戦場ヶ原は頷いた。

「一番駄目な奴は一番愚かなだけなのに」

「……いや、僕はそこまでは言ってません」

「顔に書いてあるわ」

「書いてねえよ!」

「そういうと思ってさっき書いておいたわ」

「そんな手回しがありえるか!」

大体――

僕が釈明するまでもなく、戦場ヶ原だって、羽川の性格は、よくわかっているはずだ。放課

後、戦場ヶ原のことを訊いたとき、羽川は随分――戦場ヶ原のことを、気にかけている様子

だった。

あるいは、だからこそなのかもしれない。

「羽川さんも――忍野さんの、お世話になったのね?」

かま

かわいそう

おろ

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「ん。まあな」

戦場ヶ原は、シャツのボタンを最後まで留めると、その上から、白いカーディガンを着るよ

うだった。どうやら、下半身より先に上半身のコーディネートを済ませてしまうつもりらし

い。なるほど、服には一人一人、別々な着衣順があるものだと思った。戦場ヶ原は、僕の視線

なんて全く気になっていないのか、むしろ僕に自分の身体の正面を向けて、着衣を続けるの

だった。

「ふうん」

「だから――一応、信頼して、いいとは思うぜ。ふざけた性格で、根明で軽薄な調子者だけれ

ど、それでも、腕だけは確かだから。安心していい。僕一人の証言じゃなく、羽川もそうだっ

ていうんだから、間違いないだろ」

「そう。でもね、阿良々木くん」

戦場ヶ原は言う。

「悪いけれど、私はまだ、忍野さんのことを、半分も信頼できてはいないのよ。彼のことをお

いそれと信じるには、私は今まで、何度も何度も、騙され続けているわ」

「…………」

五人――同じことを言って。

全員が、詐欺師だった。

そして。

それが全てでも――ないのだろう。

「病院にも、惰性で通っているだけだし。正直、私はもう、この体質については、ほとんど諦

めているのよ」

「諦めて……」

何を――諦め。

何を、捨てた。

「この奇妙な世界には、決して、夢幻魔実也も九段九鬼子も、いてはくれないということ」

「…………」

「峠弥勒くらいなら、ひょっとしたらいてくれるのかもしれないけれどね」

ありったけの嫌味を込めて、戦場ヶ原は言った。

「だから阿良々木くん。私は――だからね、たまたま階段で足を滑らせて、たまたまそれを受

け止めてくれたクラスメイトが、たまたま春休みに吸血鬼に襲われていて、たまたまそれを

救ってくれた人が、たまたまクラスの委員長にも関わっていて――そして更に、たまたま私の

力にもなってくれるだなんて、そんな楽天的な風には、どうしたって、ちっとも思えないの」

ねあか

だせい

むげん まみや くだん くきこ

とうげ みろく

? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ?

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言って――

戦場ヶ原は、カーディガンを脱ぎ始めた。

「折角着たのに、なんで脱ぐんだよ」

「髪を乾かすのを忘れていたわ」

「お前ひょっとしてただの馬鹿なんじゃないか?」

「失礼なことを言わないでくれるかしら? 私が傷ついたら大変じゃないの」

ドライヤーはやたら高そうなものだった。

身だしなみには気を遣う方らしい。

そういう目で見れば、確かに、今戦場ヶ原が着用している下着も、結構お洒落なそれである

ようだったが、しかし、なんだか、昨日まではあれほど魅惑的に僕の人生の大半を支配してい

たその憧憬の対象が、今となってはもうただの布きれにしか見えない。なんだかものすごい心

の傷を現在進行形で植えつけられている気がする。

「楽天的ねえ」

「そうじゃなくて?」

「かもしんね。でも、いいんじゃねえの?」

僕は言った。

「別に、楽天的でも」

「…………」

「悪いことをしてるわけじゃないし、ズルしているわけでもないんだから、堂々としてりゃい

いんだよ。今みたいに」

「今みたいに?」

きょとんとする戦場ヶ原。

自分の器のでかさに気付いていないご様子だ。

「悪いことを――しているわけじゃない、か」

「だろ?」

「まあ、そうね」

戦場ヶ原は、しかし、そう言ったあとで、

「でも」

と、続けた。

「でも――ズルはしているかも」

「え?」

「なんでもないわ」

せっかく

しょうけい

うつわ

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髪を乾かし終え、ドライヤーを仕舞い、戦場ヶ原は、再び、着衣を開始する。濡れっぱなし

の髪で着た所為で、湿ってしまったシャツとカーディガンはハンガーに干して、別の服を箪笥

の中から探していた。

「今度生まれ変わるなら」

戦場ヶ原は言う。

「私は、クルル曹長になりたいわ」

「…………」

脈絡がない上に、もう半分くらいなっているような気もするが……。

「言いたいことはわかるわ。脈絡がない上にわたしにはなれっこないっていうんでしょう」

「まあ、半分くらいはそんな感じだ」

「やっぱりね」

「……せめてドロロ兵長くらいのことは言えないのかよ」

「トラウマスイッチという言葉は、私にとってあまりにもリアル過ぎるのよ」

「そうかい……でもさ」

「でももなももないわ」

「なもってなんだよ」

何と間違ったのかもわからない。

勿論、何が言いたいのかよくわからない。

そう思っている内に、戦場ヶ原は話題を変えた。

「ねえ、阿良々木くん。一つ訊いていい? どうでもいいことなのだけれど」

「何」

「月の模様みたいって、どういうこと?」

「え? 何の話だ?」

「言っていたじゃないの。忍野さんに」

「えーっと……」

ああ。

そうだ、思い出した。

「ほら、蟹のことで、兎だったり美人だったりするって、忍野の奴、言ってただろ。あれのこ

とだよ。月の模様って、日本からだと兎が餅をついているように見えるけれど、海外からだと

蟹だったり、美人の横顔だったりするっていうから」

まあ、僕も実際に見たわけじゃないけれど、そうだという話だ。それを聞いて戦場ヶ原は、

「そうなんだ」と、新鮮そうに相槌を打った。

みゃくらく

もち

あいづち

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「そんなくだらないことをよく知っているわね。生まれて初めてあなたに感心したわ」

くだらないって言われた。

生まれて初めてって言われた。

ので、僕は見栄を張ることにした。

「なあに、僕は天文学や宇宙科学には詳しいんだよ。一時期熱中したことがあってね」

「いいのよ、私の前では格好つけなくとも。もう全部わかってるんだから。どうせそれ以外は

何も知らないんでしょう?」

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