を夕方と同じ場所に停め、同じ金網の裂け目から敷地内に入ったら、入り口のところ
で、忍野はもう待っていた。
ずっとそこにいたという風に。
「……え」
その忍野の服装に、戦場ヶ原が驚く。
忍野は、白ずくめの装束――浄衣に身を包んでいた。ぼさぼさだった髪もぴったりと整えら
れて、夕方とは見違えてしまうような、少なくとも見た目だけは小綺麗な格好になっていた。
馬子にも衣装。
それなりに見えてしまうのが、逆に不快だ。
「忍野さんって――神職の方だったんですか?」
「いや? 違うよ?」
あっさり否定する忍野。
「宮司でもなければ禰宜でもないさ。大学の学科はそうなんだけれど、神社に就職はしていな
い。色々思うところがあってね」
「思うところって――」
「一身上の都合だよ。馬鹿馬鹿しくなったってのが真相かもね。何、この服装は、単純に身な
りを整えただけだよ。他に綺麗な服を持っていなかっただけ。神様に遭うんだから、お嬢ちゃ
んだけじゃなく僕だって、きっちりしておかないとね。言ってなかったっけ? 雰囲気作り。
阿良々木くんのときは、十字架持って大蒜下げて、聖水を武器に戦ったもんさ。大切なのは、
おおむ ? ?
しょうぞく じょうえ
まご
? ? ? ?
ぐうじ ねぎ
ふんいき
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状況なんだ。大丈夫、作法はいい加減だけど、これでも付き合い方は心得ている。無雑作に御
幣振って、お嬢ちゃんの頭に塩撒くような真似はしないさ」
「は、はあ……」
戦場ヶ原が、少し呑まれていた。
確かに、面食らう格好でもあるが、しかしなんだか、彼女にしては若干過剰反応のようにも
思えてしまう。どうしてだろう。
「うん、お嬢ちゃん、いい感じに清廉になっているよ。見事なもんだね。一応確認しておくけ
れど、お化粧はしていない?」
「しない方がいいかと思って、していません」
「そう。ま、とりあえず正しい判断だ。阿良々木くんも、ちゃんとシャワー、浴びてきたか
い?」
「ああ。問題ないよ」
僕もその場に同席する以上、それくらいは仕方のないことだったが、その際戦場ヶ原が僕の
シャワーを覗こうとしてひと悶着あったことは、秘密にしておこう。
「ふうん。きみは代わり映えしないねえ」
「余計なことを言うな」
というか、同席するとはいえあくまで部外者なので、戦場ヶ原のような着替えまでは行って
いないのだから、代わり映えしなくて当然だ。
「じゃ、さっさと済ませてしまおう。三階に、場を用意しているから」
「場?」
「うん」
言って、忍野はビルディングの中の暗闇に消えていく。あんな白い服なのに、すぐに見えな
くなってしまう。夕方と同じように、僕は戦場ヶ原の手を引くように、忍野を追った。
「しかし、忍野、さっさとなんて、えらく気楽に構えてるけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何が? 年頃の少年少女を、夜中に引っ張り出すなんて真似をしているんだ、
早く終わらせたいっていうのは、大人として当たり前の人情だろう」
「その、蟹だかなんだかって、そんな簡単に退治できるもんなのかって意味だよ」
「考え方が乱暴だなあ、阿良々木くんは。何かいいことでもあったのかい?」
忍野は振り向きもせず肩を竦める。
「阿良々木くんのときの忍ちゃんや、委員長ちゃんのときの色ボケ猫とは、場合が違うんだ
よ。それに忘れちゃいけないよ、僕は平和主義者だ。非暴力絶対服従が、僕の基本方針。忍
ちゃん達は、悪意と敵意を持って、阿良々木くんと委員長ちゃんを襲ったわけだけれど、今回
ごへ
い ま
の
せいれん
? ? ? ?
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の蟹は、そうじゃないんだから」
「そうじゃないって――」
事実、被害が出ている以上、そこには悪意なり敵意なりがあると、そう判ずるべきじゃない
のだろうか?
「言ったろ? 相手は神様なんだよ。そこにいるだけ、何もしていない。当たり前だから、そ
こにいるだけ。阿良々木くんだって、学校が終われば家に帰るだろう? そういうこと。勝手
にお嬢ちゃんが、揺らいでいるだけなのさ」
障らない、襲わない。
憑かない。
勝手にというのは酷い言い草だと思ったが、しかし、戦場ヶ原は、何も言わなかった。思う
ところがないのだろうか、それとも、今からのことを考えて、忍野の言葉に、あまり反応しな
いよう心掛けているのだろうか。
「だから、退治するとかやっつけるとか、そんな危険思想は捨てなさい、阿良々木くん。今か
ら僕達はね、神様にお願いするんだよ。下手に出てね」
「お願い――か」
「そう。お願い」
「お願いしたら、それではいどうぞと返してもらえるもんなのか? 戦場ヶ原の――重み。体
重は」
「あえて断言はしないけれど、多分ね。年末年始の二年参りとは訳が違うんだから。切実な人
間の頼みを断るほど、彼らは頑なじゃないさ。神様っていうのは、結構、大雑把な連中なん
だ。日本の神様は特に適当なんだよ。人間という群体そのものならともかく、僕達個々人のこ
となんて、連中、どうでもいいんだ。本当にどうでもいいんだよ? 実際、神様の前じゃ、僕
も阿良々木くんもお嬢ちゃんも、区別なんかつかないよ。年齢も性別も重みも関係なく、三人
とも、同じ、人間、ってことでね」
同じ――
同じような、ではなく、同じ、か。
「ふうん……呪いとかとは、根本的に違うんだな」
「ねえ」
意を決したような口調で、戦場ヶ原が言った。
「あの蟹は――今も私のそばにいますか?」
「そう。そこにいるし、どこにでもいる。ただし、ここに降りてきてもらうためには――手順
が必要だけどね」
つ
かたく おおざっぱ
? ? ?
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
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三階に到着した。
教室の中の、一つに入る。
入ると、教室全体に、注連囲いが施されていた。机と椅子は全て運び出され、黒板の前に、
神床――祭壇が設けられている。三方折敷に神撰、供物が備えられているところを見れば、今
日あれから、急遽作られた場というわ
けではないのだろう。四隅に燈火が設置されていて、部
屋全体がほのかに明るい。
「ま、結界みたいなものだよ。よく言うところの神域って奴ね。そんな気張るようなもんじゃ
ない。お嬢ちゃん、そんな緊張しなくったっていいよ」
「緊張なんて――していないわ」
「そうかい。そりゃ重畳だ」
言いながら、教室の中に入る。
「二人とも、目を伏せて、頭を低くしてくれる?」
「え?」
「神前だよ。ここはもう」
そして――三人、神床の前に、並ぶ。
僕のときや、羽川のときとは、全然対処法が違うので――緊張しているというのなら、僕が
緊張していた。堅苦しい雰囲気というか――この雰囲気そのものに、おかしくなってしまいそ
うな感じだ。
身が竦む。
自然、構えてしまう。
僕自身は無宗教、神道も仏教も、区別がつかない最近の若い奴だけれど、しかしそれでも、
こういう状況そのものに、反応する、本能的な何かが、心の中にある。
状況。
場。
「なあ