――忍野」
「なんだい? 阿良々木くん」
「考えたんだけれど、これ、状況とか場とかっていうなら、僕、ここにいない方がよくない
か? どう考えても、邪魔者って感じなんだけれど」
「邪魔ってことはないさ。多分大丈夫だけれど、一応、いざってこともあるからね。いざって
ことも、あるにはあるさ。そのときは、阿良々木くん、きみがお嬢ちゃんの壁になってあげる
んだよ」
「僕が?」
しめ ほどこ
さいだん さんぽう おしき しんせん
きゅうきょ とうか
けっかい
ちょうじょう
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「その不死身の身体は何のためにあるんだ?」
「…………」
いや、それはなるほど格好いい台詞ではあるけれど、少なくとも戦場ヶ原の壁になるためで
はないと思う。
大体、もう不死身じゃないし。
「阿良々木くん」
戦場ヶ原がすかさず言った。
「わたしのこと、きっと、守ってね」
「何故いきなりお姫さまキャラに!?」
「いいじゃない。どうせあなたみたいな人間、明日くらいには自殺する予定なんでしょう?」
「一瞬でキャラが崩れた!」
しかも、生きている内は陰口でだって言われないであろう言葉を面と向かって普通に言われ
てしまった。僕は一体前世でどんな悪いことをして、こんな毒舌を受けているのか、どうやら
真剣に考える必要があるのかもしれなかった。
「勿論只とは言わないわ」
「何かくれるのかよ」
「物理的な報酬を求めるとは、浅ましい。その情けない言葉一つに、あなたの人間性の全てが
集約されていると言っても過言ではないわね」
「……。じゃあ、何をしてくれるんだ?」
「そうね……阿良々木くんがドラクエⅤで、フローラに奴隷の服を装備させようとした外道で
あることを、言いふらす予定だったのを中止してあげる」
「そんな話、一生で一回も聞いたことねえよ!」
しかも言いふらすことが前提だった。
酷い女だ。
「装備できないことくらい、考えたらわかりそうなものなのに……これぞ猿知恵ならぬ犬知恵
といったところかしら」
「ちょっと待て! うまいこと言ってやった、してやったりみたいな顔してるけど、僕が犬に
似ているなんて描写がこれまでに一度でもあったか!?」
「そうね」
くすりと笑う戦場ヶ原。
「一緒にしたら、犬に失礼かしら」
「………………っ!!」
くず
ほうしゅう
どれい げどう
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ともすればありふれているとも取られかねない定型句を、ここで織り込んでくるか……この
女、暴言ってものを、完全に使いこなしてやがる。
「じゃあ、もう、いいわよ。そんな臆病者は、尻尾を巻いてさっさと家に帰って、いつも通り
一人スタンガンごっこでもやってなさいよ」
「なんだその倒錯した遊びは!?」
ていうか、お前さっきから、僕に関して悪質なデマをばらまき過ぎだ。
「私くらいになれば、あなたのような薄っぺらい存在のことなんて、全て完璧に、お見落とし
なのよ」
「台詞をかんだのに、結果としてより酷い暴言になってる!? お前一体何に愛されてるんだ!?」
そこはかとなくはかりしれない女だった。
ちなみに正しくは、お見通し。
「そもそも、忍野。僕なんかに頼らなくても、あの吸け――忍じゃ無理なのか? 羽川のとき
みたくさ」
すると忍野はさっぱりと答えた。
「忍ちゃんなら、もうおねむだよ」
「………………」
吸血鬼が夜に寝るのかよ……。
本当に切ない。
忍野は供物の内からお神酒を手にとって、それを戦場ヶ原に手渡した。
「え……何ですか?」
戸惑った風の戦場ヶ原。
「お酒を飲むと、神様との距離を縮めることができる――そうだよ。ま、ちょっと気を楽にし
てってくらいの意味で」
「……未成年です」
「酔うほどの量は飲まなくていいさ。ちっとだけ」
「…………」
逡巡した後で、結局、戦場ヶ原はそれを一口、飲み下した。それを見取って、戦場ヶ原から
返還された杯を、元あった場所に、忍野が返す。
「さて。じゃあ、まずは落ち着こうか」
正面を向いたまま――
戦場ヶ原に背を向けたままで、忍野は言う。
「落ち着くことから、始めよう。大切なのは、状況だ。場さえ作り出せば、作法は問題じゃな
しっぽ
みき
しゅんじゅん
さかずき
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い――最終的にはお嬢ちゃんの気の持ちよう一つなんだから」
「気の持ちよう――」
「リラックスして。警戒心を、解くところから始めよう。ここは自分の場所だ。きみがいて、
当たり前の場所。頭を下げたまま目を閉じて――数を数えよう。一つ、二つ、三つ――」
別に――
僕がそうする必要はないのだが、ついつい、付き合って、目を閉じ、数を数えてしまう。そ
うしている内に、思い至った。
雰囲気作り。
その意味では、忍野の格好だけではない、この注連囲いも神床も、一旦家に帰っての水浴び
も、全て、雰囲気作り――もっと言うならば、戦場ヶ原の、心のコンディション作りに、必要
なものだったのだろう。
言うならば暗示に近い。
催眠暗示。
まずは自意識を取っ払い、警戒心を緩め、そして、忍野との間に信頼関係を生じさせること
――それは、やり方は全然違えど、僕や羽川のときにも、必要だったことだ。信じる者は救わ
れるなんていうけれど、つまり、まず戦場ヶ原に、認めさせることが――不可欠なのだ。
実際、戦場ヶ原自身も言っていた。
忍野のことを、半分も信頼できていない、と。
しかし――
それでは駄目なのだ。
それじゃあ、足りないのだ。
信頼関係が大事――なのだから。
忍野が戦場ヶ原を助けられず、戦場ヶ原が一人で助かるだけ――という言葉の真意は、そう
いうところにある。
僕は、そっと、目を開けた。
周囲を窺う。
燈火。
四方の燈火が――揺らぐ。
窓からの風。
いつ掻き消えてもおかしくない――頼りない火。
しかし、確かな明かり。
「落ち着いた?」
? ? ? ? ?
? ?
うかが
か
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「――はい」
「そう――じゃあ、質問に答えてみよう。きみは、僕の質問に、答えることにした。お嬢ちゃ
ん、きみの名前は?」
「戦場ヶ原ひたぎ」
「通っている学校は?」
「私立直江津高校」
「誕生日は?」
「七月七日」
一見、意味のわからないというよりは全く意味のなさそうな、質問と、それに対する回答
が、続く。
淡々と。
変わらぬペースで。
忍野は、戦場ヶ原に背中を向けたままだ。
戦場ヶ原も、目を閉じた上で、顔を伏せている。
頭を下げ、俯いた姿勢。
呼吸音や、心臓の鼓動すら、響きそうな静寂。
「一番好きな小説家は?」
「夢野久作」
「子供の頃の失敗談を聞かせてくれる?」
「言いたくありません」
「好きな古典音楽は?」
「音楽はあまり嗜みません」
「小学校を卒業するとき、どう思った?」
「単純に中学校に移るだけだと思いました。公立から公立へ、行くだけだったから」
「初恋の男の子はどんな子だった?」
「言いたくありません」
「今までの人生で」
忍野は変わらぬ口調で言った。
「一番、辛かった思い出は?」
「……………