第18章

…」

戦場ヶ原は――ここで、答に詰まった。

言いたくない――でもなく、沈黙。

せいじゃく

ゆめのきゅうさく

たしな

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それで、忍野が、この質問だけに意味を持たせていたことを、僕は知る。

「どうしたの? 一番――辛かった、思い出。記憶について、訊いているんだ」

「……お」

沈黙を守ることのできる――雰囲気ではなかった。

言いたくないと、拒絶も出来ない。

これが――状況。

形成された、場。

手順通りに――ことは進む。

「お母さんが――」

「お母さんが」

「悪い、宗教に嵌ったこと」

性質の悪い新興宗教に嵌った。

そう言っていた。

財産を全て貢いで、借金まで背負って、家庭が崩壊するまでに至ったと。離婚した今でも、

父親は、そのときの借金を返すために、夜も寝られないような生活を、続けていると。

それが――一番、辛かった思い出なのだろうか?

己の重さが――失われたことよりも?

当たり前だ。

その方が辛いに、決まっている。

でも――それは。

それは。

「それだけかい?」

「……それだけって」

「それだけじゃ、大したことではない。日本の法律じゃ、信仰の自由は認められている。否、

信仰の自由は、本来的に人間に認められている権利だ。お嬢ちゃんのお母さんが、何を奉ろう

と何に祈ろうと、それはただの方法論の問題だ」

「………………」

「だから――それだけじゃない」

忍野は――力強く、断定した。

「言って御覧。何があった」

「何がって――お、お母さんは――私のために、そんな宗教に、嵌ってしまって――騙されて

――」

たち

? ?

? ? ? ? ? ?

たてまつ

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

だま

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「お母さんが悪徳宗教に騙されて――そのあと」

そのあと。

戦場ヶ原は、下唇を強く噛む。

「う――うちに、その宗教団体の、幹部の人が、お母さんに連れられて、やってきて」

「幹部の人。幹部の人がやってきて、どうした?」

「じょ――浄化、だと言って」

「浄化? 浄化だって? 浄化だと言って――どうした?」

「儀式だといって――私――を」

戦場ヶ原は、苦痛の入り混じった声で言った。

「わ――私に、乱暴を」

「乱暴――それは、暴力的な意味で? それとも――性的な意味で?」

「性的な――意味で。そう、あの男は、私を――」

色んなものに耐えるように、戦場ヶ原は続ける。

「私を――犯そうとしたわ」

「……そうかい」

忍野は静かに――頷いた。

戦場ヶ原の――

不自然な形での貞操観念の強さ――

警戒心の強さ。

防衛意識の高さと攻撃意識の過敏さ。

説明が、ついた気がした。

浄衣姿の忍野に、過剰に反応したことも。

素人の戦場ヶ原にしてみれば、神道もまた、宗教であること自体には――変わりない。

「あの――生臭」

「それは仏教の観点だろう。身内の殺人を推奨する宗教だってあるさ。一概に言ってはならな

い。でも、犯そうと――ということは、未遂だったんだろう?」

「近くにあったスパイクで、殴ってやったわ」

「……勇敢だね」

「額から血を流して――もがいてた」

「それで、助かった?」

「助かりました」

「よかったじゃないか」

? ? ? ?

? ?

? ? ? ? ? ? ? ? ?

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なまぐさ

? ? ? ?

ひたい

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「でも――お母さんは私を助けてくれなかった」

ずっと、そばで見てたのに。

戦場ヶ原は――淡々と。

淡々と、答える。

「どころか――私を詰ったわ」

「それ――だけ?」

「違う――私が、その幹部に、怪我をさせたせいで――お母さんは」

「お母さんは、ペナルティを負った?」

忍野が、戦場ヶ原の台詞を先回りした。

ここは忍野でなくとも次の予想ができる、そんなシーンではあったが――戦場ヶ原にと効果

的であったらしい。

「はい」

と、彼女は、神妙に――肯定した。

「娘が幹部を傷つけたんだから――当然だね」

「はい。だから――財産。家も、土地も――借金までして――私の家族は、壊れたわ。完全に

壊れて――完全に壊れたのに、それなのに、まだ、その崩壊は、続いている。続いています」

「お母さんは、今、どうしている?」

「知らない」

「知らないということはないだろう」

「多分、まだ――信仰を続けているわ」

「続けている」

「懲りもせず――恥ずかしげもなく」

「それも、辛いかい?」

「辛い――です」

「どうして、辛い? もう関係ない人じゃないか」

「考えてしまうんです。もしも私があのとき――抵抗しなかったら、少なくとも――こんなこ

とには、ならなかったんじゃないかって」

壊れなかったんじゃないかって。

壊れなかったんじゃないかって。

「そう思う?」

「思う――思います」

「本当に、そう思う?」

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

なじ

? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ?

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「……思います」

「だったらそれは――お嬢ちゃん。きみの思いだ」

忍野は言った。

「どんな重かろうと、それはきみが背負わなくてはならないものだ。他人任せにしちゃあ――

いけないね」

「他人任せに――し」

「目を背けずに――目を開けて、見てみよう」

そして――

忍野は目を開けた。

戦場ヶ原も、そっと――目を開けた。

四方の燈火。

かりが、揺らいでいる。

影も。

三人の影も――揺らいでいる。

ゆらゆらと。

ゆらり――ゆらりと。

「あ、ああああああっ!」

戦場ヶ原が――大声を上げた。

かろうじて、頭は下げたままだが――その表情は驚愕に満ち満ちていた。身体が震え――一

気に汗噴き出している。

取り乱していた。

あの――戦場ヶ原が。

「何か――見えるかい?」

忍野が問う。

「み――見えます。あのときと同じ――あのときと同じ、大きな蟹が、蟹が――見える」

「そうかい。僕には全く見えないがね」

忍野はそこで初めて振り返り、僕を向く。

「阿良々木くんには、何か見えるかい?」

「見え――ない」

見えるのは、ただ。

揺らぐ明かりと。

揺らぐ影。

? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

きょうがく

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そんなのは――見えていないのと同じだ。

同定できない。

「何も――見えない」

「だそうだ」

戦場ヶ原に向き直る忍野。

「本当は蟹なんて見えて、いないんじゃない?」

「い、いえ――はっきりと。見えます。私には」

「錯覚じゃない?」

「錯覚じゃありません――本当です」

「そう。だったら――」

忍野は戦場ヶ原の視線を追う。

その先に、何かが――いるように。

その先に、何かが――あるように。

「だったら言うべきことが、あるんじゃないか?」

「言うべき――こと」

そのとき。

特に、何か考えがあったわけでも、

何をす

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