…………」
「迷子なんだろ? どこに行きたいんだ?」
「………………」
「そのメモ、ちょっと貸してみろよ」
「………………」
「………………」
………………。
ゾンビのような足取りでベンチにまで戻った。
戦場ヶ原は不思議そうな顔をしている。
「どうしたの? 何かあったの?」
「無視された……小学生女子にシカトされた……」
思いの外大ダメージを受けた。
回復まで数十秒。
「今度こそ……行ってくる」
「阿良々木くんが何をしたいのか、何をしているのか、私にはよくわからないのだけれど…
…」
「ほっとけ……」
言って、再三のチャレンジ。
少女八九寺は看板に向かっている。
先手必勝とばかりに、僕はその後頭部を平手ではたいた。全く警戒していなかったらしく、
八九寺は看板に思い切り、むき出しのおでこをぶつけることとなった。
「な、何をするんですかっ!」
振り向いてくれた。
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ありがたい。
「後ろから叩かれたら誰でも振り向きますっ!」
「いや……叩いたのは悪かったよ」
度重なるショックに、ちょっと気が動転していた。
「でも、知ってるか? 命という漢字の中には、叩くという漢字が含まれているんだぜ」
「意味がわかりませんっ」
「命は叩いてこそ光り輝くってことさ」
「目の前がちかちかと輝きましたっ」
「うん……」
誤魔化せなかった。
残念。
「ただ、お前、なんか困ってるみたいだったから、力になれるかなと思ってさ」
「いきなり小学生の頭を叩くような人に、なってもらうような力なんてこの世界にはありませ
んっ! 全くもって皆無ですっ!」
滅茶苦茶警戒されていた。
当たり前だが。
「いや、だから悪かったって。マジで謝るって。えっと、僕の名前は、阿良々木暦っていうん
だ」
「暦ですか。女の子みたいな名前ですね」
「………………」
言うねー。
初対面で言われることはそうそうないんだが。
「女臭いですっ! 近寄らないでくださいっ!」
「たとえ小学生でも女にそれを言われるのは、我慢ならないな……」
おっとっと。
落ち着いて落ち着いて。
まずは信頼――だよな。
状況を改善していかないと、話が進まない。
「で、お前はなんて名前なんだ?」
「わたしは、八九寺真宵です。わたしは八九寺真宵といいます。お父さんとお母さんがくれ
た、大切なお名前です」
「ふうん……」
たびかさ
おんなくさ
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どうやら、読み方はあっていたようだけれど。
「とにかく、話しかけないでくださいっ! わたし、あなたのことが嫌いですっ!」
「なんでだよ」
「後ろからいきなり叩くからですっ」
「お前、叩かれる前にもう既に僕のことを嫌いだって言ってただろうが」
「ならば、前世からの因縁ですっ!」
「そんな嫌われ方、したことねえよ」
「前世でわたしとあなたは、宿命の敵同士だったのですっ! わたしは麗しきお姫様で、あな
たは悪の大魔王でしたっ!」
「お前、一方的に攫われてるからな」
知らない人についていっちゃいけません。
知らない人に話しかけられても無視しましょう。
こんなご時世だし、最近の小学校じゃ、そういう教育が、よっぽど徹底されているのだろう
か……それとも単に、僕の外観が、子供に好かれる類のものじゃないってことなのだろうか。
何にしても、子供に嫌われるってのは凹むよなあ。
「とにかく落ち着けって。別に僕はお前に危害を加えたりしないよ。この町に住んでいる人間
で、僕くらい人畜無害な奴なんて、一人もいないんだぜ?」
さすがにそんなわけはないだろうが、こいつを相手にする場合は、これくらい誇張しておく
くらいで丁度いいだろう。子供に限らずこういう手合いには、与しやすいと思わせておいた方
が得策だ。八九寺は納得したのかどうなのか、むう、ともっともらしく唸って、それから、
「わかりました」と言った。
「警戒のレベルは下げましょう」
「そりゃ助かるよ」
「では、人畜さん」
「人畜さん!? 誰のことだ、それは!?」
うわあ……。
四字熟語ならばなんてことのない普通の言葉なのに、下半分を削るだけで、そこまで圧倒的
に侮蔑的な言葉になってしまうのか……僕は今まで、なんて言葉を平気で使ってきたのだろ
う。どころか、使うだけでは飽きたらず、自分から名乗ってしまった……。
「怒鳴られましたっ! 怖いですっ!」
「いや、怒鳴ったのは悪かったけれど、でも、人畜さんは酷いって! 誰でも怒鳴るって!」
「そうですか……でもあなたの方から言い出されたことです。わたしはそれに誠意をもって応
うるわ
さら
へこ
くみ
うな
けず
ぶべつ
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えたまでです」
「誠意がこもっていればそれで何でもいいってもんじゃないんだ、世の中は……」
実際には、この場合、人畜というのは『人と家畜』という意味合いで、別に人を批難するよ
うな意味合いではないのだが……それでもだ。
「つまり、人畜無害は略したら駄目な言葉なんだ」
「はあ。そうですか。なるほどです。つまり素っ頓狂という言葉みたいな感じですね。興奮す
ると『スットンキョー!』と奇声を発するキャラを受け入れることはできても、『頓狂な行為
に身を任せる男であった……』なんて地の文で紹介されてしまうキャラは受け入れられないの
と、同じようなものですか」
「どうかな……僕は興奮すると『スットンキョー!』と奇声を発するキャラを受け入れること
はできそうにないが……」
「では、何とお呼びしましょう」
「そりゃ、普通に呼べばいいよ」
「ならば、阿良々木さんで」
「ああ、普通でいいな。普通最高」
「わたし、阿良々木さんのことが嫌いです」
「…………」
何一つ改善されていなかった。
「臭いですっ! 近寄らないでくださいっ!」
「女臭いより酷くなった!?」
「む……確かに、いくらなんでもただ臭
いとは、酷い形容だったかもしれません。訂正しま
しょう」
「ああ、してくれるもんなら」
「水臭いですっ! 近寄らないでくださいっ!」
「意味が前後で支離滅裂だ!」
「なんでも構いませんっ! 迅速にどっか行っちゃってくださいっ!」
「いや……、だから、お前、迷子なんだろ?」
「この程度の事態、わたしは全く平気ですっ! この程度の困りごとには、馴れっこなんで
すっ! わたしにとってはとっても普通のことですっ! わたし、トラベルメイカーですか
らっ!」
「旅行代理店勤務だと!? その歳でか!?」
確かにそれが本当なら、迷子になんてなるわけがないだろうが。
だめ
す とんきょう
じんそく
とし
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「……ていうか、意地張ってんじゃねえよ」
「意地なんて張ってませんっ」
「張ってるじゃん」
「ていっ! 喰らえっ!」
言ったと思うと、八九寺は僕の身体に向けて、全体重を乗せたハイキックを喰らわせてき
た。とても小学生とは思えない、背筋に一本棒が通っているかのような、綺麗な姿勢での蹴り
だった。だがしかし、悲しいかな、小学生と高校生とでは、身長