する必要がないんですっ。わたしにとってはこの
程度、日常自販機なんですからっ!」
「へえ……定価販売なんだな」
変な相槌だった。
もくひ
むく
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まあ、八九寺の立場からしてみりゃ、お節介なんだろうけれど、こんなの。僕だって小学生
くらいの頃は、自分ひとりの力で、何でもできると信じていた。人の手なんて借りる必要はな
いと――あるいは、他人に助けてもらう必要なんて皆無だと、そう確信していた。
なんでも、できるだなんて。
そんなこと。
できるわけもないのに。
「わかりましたよ、お嬢様。お願いです、この住所の場所に一体何があるのか、どうかわたく
しめに教えてくださいませ」
「言葉に誠意がこもってませんっ」
なかなか頑強だった。
中学生の妹なら、二人ともどっちも、この手で確実に落ちるというのに……とはいえ、八九
寺は賢そうな顔立ちをしているし、馬鹿な子供をあしらうようにはいかないというわけか。全
く、どうしたものだろう。
「……うむ」
妙案が閃いた。
尻のポケットから、財布を取り出す。
手持ちは結構ある。
「お嬢ちゃん、お小遣いをあげよう」
「きゃっほーっ! なんでも話しますっ!」
馬鹿な子供だった。
ていうか、本当に馬鹿……。
なんだかんだ言っても歴史上、こんな手で誘拐された子供は一人もいないと思うが――八九
寺はその一人目になるかもしれない得難い人材のようだった。
「その住所には、綱手さんという方が住んでいます」
「綱手? それ、苗字か?」
「立派な苗字ですっ!」
何故か立腹した風に、八九寺は言った。
知り合いの名前をそんな風に言われたら、気分を悪くするのはわかるけど、そんな怒鳴りつ
けるようなことでもないだろうに。情緒不安定というか、なんというか。
「ふうん……で、どういう知り合いなんだ?」
「親戚です」
「親戚ね」
ひらめ
つなで
しんせき
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つまり、日曜日を利用して、親しくしている親戚の家に、一人で遊びに行く途中ということ
なのだろうか。よっぽど放任主義の親なのか、それとも、八九寺がこっそり、親の目を盗んで
抜け出て勝手にここまで来たのか、それはわからないが――決意むなしく、休日の一人旅とい
う小学生の冒険も、中途破綻ということらしい。
「仲のいい従兄弟でもいるのか? そのリュックサックから見ると、結構な遠出なんだろ?
全く、そんなもん、ゴールデンウィークにでも済ませておけよ。それとも今日でなきゃ駄目な
理由でもあるのか?」
「そんなところです」
「母の日くらい、家で親孝行してればいいのに」
それは。
僕が言っていいことではないけれど。
――兄ちゃんは、そんなことだから。
そんなことだから――何が悪いというのだ。
「阿良々木さんに言われたくはありませんっ」
「いや、お前が何を知ってるんだよ!」
「なんとなくですっ」
「…………」
理屈ではなく、単純に僕から説教じみたことを言われるのが、生理的に嫌だということのよ
うだった。
酷い。
「阿良々木さんこそ、あんなところで何をされていたのですか。日曜日の朝から公園のベンチ
でぼーっとしているなんて、まともな人間のやることとは思えませんが」
「別に。ただの――」
暇潰しと言いそうになって、寸前で思いとどまる。
そうだった、何をしていると訊かれて暇潰しと答える男は、甲斐性なしなのだった。危ない
ところだった。
「ただの、ツーリングだよ」
「ツーリングですかっ。格好いいですっ」
褒められた。
後に何か酷い言葉が続くかと思ったが、何も続かない。
そうか、八九寺は僕を褒めることができるのか……。
「ま、自転車でだけどな」
はたん
いとこ
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「そうですか。ツーリングと言えば、やはりバイクですよねっ。とても惜しい感じですっ。阿
良々木さんは、免許はお持ちでないのですかっ?」
「残念ながら、学校が校則で免許の取得を禁止してるから。でも、どっちみちバイクは危ない
からな、僕はクルマの方がいいや」
「そうですか。でもそれですと、フォーリングになってしまいますよねっ」
「………………」
うわあ、この子、ツーリングのスペルをかなり面白く勘違いしてる……。訂正してあげるの
が優しさなのか、そっとしておくのが優しさなのか……僕には判断できなかった。
ちなみに前を行く戦場ヶ原は無反応。
会話に入ってこようとさえしない。
知能の低い会話は聞こえないのかもしれなかった。
とはいえ。
ここで初めて見せた、八九寺真宵の屈託のない笑顔は、かなり、魅力的なそれだった。打ち
解けたみたいな笑顔。ひまわりが咲いたような、と言えばありがちだけれど、この年代を越え
てしまえば、ほとんどの者は浮かべられなくなるだろう、そんな微笑だった。
「ふう……やれやれ」
これまた、全く危ないところだった。僕がロリコンだったら惚れているシチュエーション
だ。ああ、僕はロリコンじゃなくて本当によかった……。
「でも、本当にややこしいな、この辺の道。どういう構造になってんだ? お前、よくこんな
ところ、一人で来ようと思ったもんだよ」
「別に初めてではないですから」
「そうなのか。じゃあ何で迷うんだよ」
「……久し振りだからです」
恥じ入るように、八九寺は言った。
ふむ……しかし、そんなところだろう。できると思っていることと、実際にできることと
は、違う。思っていることは思っているだけだ。それは、小学生でも高校生でも、それ以外の
どの年齢でも、同じことだろう。
「そういえば、阿良々々木さんは――」
「々が一個多いぞ!?」
「失礼。噛みました」
「気分の悪い噛み方してんじゃねえよ……」
「仕方がありません。誰だって言い間違いをすることくらいはあります。それとも阿良々木さ
くったく
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試
用中
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んは生まれてから一度も噛んだことがないというのですか」
「ないとは言わないが、少なくとも人の名前を噛んだりはしないよ」
「では、バスガス爆発と三回言ってください」
「それ、人の名前じゃないじゃん」
「いえ、人の名前です。知り合いに三人ほどいます。ですからむしろ、かなり一般的な名前で
あると思われます」
自信たっぷりだった。
子供の嘘って、こんな透け透けなんだな。
もうびっくりしちゃうよ。
「バスガス爆発、バスガス爆発、バスガス爆発」
言えちゃった。
「夢を食べる動物はっ?」
間髪いれず、八九寺が言う。
いつの間にか十回クイズになっていた。
「……バク?」
「ぶぶー。外れですっ」
したり顔で言う八九寺。
「夢を食べる動物。それは……」
そしてにやりと不敵に笑って。
「……人間ですよ」
「うまいこと言ってんじゃねえよ!」
必要以上に大声で怒鳴りつけてしまったのは、本当にうまいと、不覚にも思ってしまったか
ら。
ともかく。
閑静な住宅街、とでも言うのだろう。
歩いていて、人間とすれ違うということがない。出掛けるべき人は朝の内に出掛けてしまっ
ていて、出掛けない人は一