第35章

日中家にいる――そういう場所らしい。まあ、そのあたりの事情

は、僕の住んでいる場所も、こことそうは変わらないけれど、違うのは、この辺には、やけに

大きな家が多いという点だろう。お金持ちばかりが住んでいるということか。そういえば、戦

場ヶ原の父親も、外資系の企業のお偉いさんということだった。ここに住んでいるのは、そう

いう人間ばかりなのだろう。

外資系の企業ね……。

うそ

かんぱつ

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こんな片田舎じゃ、ぴんとこない言葉だけれど。

「ねえ、阿良々木くん」

久し振りに、戦場ヶ原が声を発した。

「もう一度、住所、教えてくれる?」

「ん? いいけど。この辺なのか?」

「と、いうか、なんというか」

微妙な物言いの戦場ヶ原。

わけのわからないまま、メモを再び読み上げる僕。

ふむ、と頷く戦場ヶ原。

「どうも、行き過ぎてしまったようね」

「え? そうなの?」

「そうみたい」

戦場ヶ原は落ち着いた口調で言う。

「責めたければ好きなだけ責めなさい」

「……いや、この程度のことで責めたりしないよ」

なんだその開き直り方……。

潔過ぎてかえって往生際が悪い。

「そう」

焦りを見せない涼しい顔で、来た道を逆向きに折り返す戦場ヶ原――その戦場ヶ原を避ける

ように、僕を中心として、対称的な動きを見せる八九寺。

「……お前、なんでそこまで戦場ヶ原のこと、ビビってんだ? あいつ別にお前に何もして

ねーじゃん。ていうか、一見わかりにくいけれど、案内をしてくれてるのは、僕じゃなくてあ

いつなんだぞ?」

僕もついていっているだけだ。

偉そうなことを言える立場では、実はない。

子供の直感で戦場ヶ原を嫌っているにしても、限度というものがあるだろう。いくら戦場ヶ

原だって、別に鋼鉄でできているわけじゃないのだから、そんなあからさまに避けられたら、

さすがに傷ついてしまうのではないだろうか。まあ、そういう、僕が思う戦場ヶ原への気遣い

のようなものを差し引いても、道義的に、八九寺が戦場ヶ原に対して取っている態度は、正し

いとは言えないと思った。

「そう言われると言葉もありません……」

意外なことに、しおらしくしゅんとする八九寺。

いさぎよ

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それから、声を潜めて、続ける。

「しかし、阿良々木さんは感じませんか」

「何を」

「あの方から発せられている凶暴な悪意を……」

「………………」

どうやら、直感以上のもののようだった。

それは否定できないのがつらいところだった。

「どうも、嫌われているようです……邪魔だ、どこかに消えろという強い意思を感じます…

…」

「邪魔だ、どこかに消えろだなんて、さすがにそこまでは思っていないと思うが……うーん」

よし。

ちょっと怖いが、訊いてみよう。

僕にとってはわかりきったことではあるが、どうやら、きちんと確認しておく必要がありそ

うだ。

「なあ、戦場ヶ原」

「何よ」

相変わらず振り向きもしない。

邪魔だ消えろと思われているのは、案外、僕なのかもしれなかった。

お互いに友達だと思っているはずなのに、どうしてこんなに仲良くできないのか、不思議

だった。

「お前って、子供、嫌いなの?」

「嫌いね。大嫌い。一人残らず死ねばいいのに」

容赦なかった。

八九寺が

「ひっ」と身を縮めるようにする。

「どう接していいのか、全くわからないもの。中学生のときだったかしらね。デパートで買い

物をしていたら、私、七歳くらいの子供に、ぶつかってしまったの」

「あー、それで泣かれちゃったとか?」

「いえ、そうじゃなくてね。私、そのとき、その七歳くらいの子供に対して、こう言っちゃっ

たのよ。『大丈夫ですか、怪我はありませんか、ごめんなさい、申し訳ありません』って」

「………………」

「子供相手にどうしていいのかわからなくなって、気が動転してしまったのね。だけど、だか

ひそ

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らって、私があんなに、下手に出てしまうだなんて……それが私はショックでショックで……

以来、子供と呼ばれるものは、人間であれ何であれ、憎しみをもって向かうように、心がけて

いるわ」

八つ当たりに近かった。

理屈はわかるが、気持ちがわからない。

「ところで阿良々木くん」

「どうした」

「どうも、また行き過ぎてしまったみたい」

「はあ?」

行き過ぎたって――住所を、だよな。

え……? 二回目だぞ、おい。

知らない土地なら、住所と実際の地図がかみ合わないのは、それはよくあることだが、戦

場ヶ原の場合、ここはちょっと前まで、自分が暮らしていた土地なのに。

「責められるものならいくらでも責めてみなさい」

「いや、この程度のことで責めたり……ってあれ? 戦場ヶ原、なんかさっきと台詞が微妙に

変わってないか?」

「あら、そうかしら。私は気付かなかったけれど」

「なんだよ。あ、そっか。区画整理がどうとかって言ってたな。考えてみりゃ、お前の家も道

になってるくらいだもんな、様相が、お前の知っている頃とは幾分違ってても当たり前か」

「いえ。そういうことではないのよ」

戦場ヶ原は周囲を確認するようにしてから、

「道が増えたり、家がなくなったりあるいは新しくできたりはしているけれど、昔の道が完全

になくなっているわけではないから……構造的に迷うわけがないのよ」

と、言った。

「ふうん……?」

でも、こうして実際に迷っているのだから、そういうことなのだろうと思うけれど。そう考

えるしかないだろう。ひょっとして戦場ヶ原は自分のうっかりミスを認めたくないのだろう

か。こいつもこいつで、かなりの意地っ張りだからな……なんて、そんなことを考えていた

ら、戦場ヶ原は、「何よ」と言った。

「随分と文句があるみたいな顔をしているわね、阿良々木くん。言いたいことがあるならはっ

きりと言ったらどうなの、男らしくない。何なら、裸で土下座して謝ってあげてもいいのよ」

「お前、僕を最低の男に仕立て上げるつもりなのか……?」

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こんな住宅街でそんなことされてたまるか。

以前に、そんな趣味はない。

「阿良々木暦の名を最低の男として世に知らしめることができるなら、裸で土下座するくら

い、安いものだわ」

「安いのはお前のプライドだ」

お前、気位が高いキャラなんだか気位が低いキャラなんだか、もうよくわからねえよ。

「でも、靴下だけは穿いてたりしてね」

「このオチでひとネタおしまいみたいなノリで言われても、そんな奇妙な属性は持ってねえ

よ、僕は」

「靴下といっても網タイツよ」

「いや、よりマニアックに迫られても……」

あ、でも。

そんな趣味はないとはいえ、あくまで戦場ヶ原に相手を限れば、網タイツ姿というものを見

てみたくなくもない――いや、裸じゃなくていいから。ストッキングでこうなのだったら…

…。

「その顔はいかがわしいことを考えている顔よ、阿良々木くん」

「まさか。清廉潔白を旨とするこの僕がそんな低劣な人格の持ち主に見えるのか? 戦場ヶ原

からそん

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