第60章

字にして

ねんざ

かっぱ

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傍点を振るようにしてもらわないと、読む者にその色合いが伝わらないだろうな、言葉の一つ

一つに込められた重みが全然違う。説得力とは何を言うかではなく誰が言うかだとは、普通悪

い意味で使われる言葉だが、阿良々木先輩についてそれを言うときに限っては、いい意味で使

えそうだ。安心して欲しい。キャプテンとしての責務を放棄するつもりはない。そんな怠慢な

真似をするほど、私は思い上がってはいないさ。曲がりなりにもエースとしての自覚はある。

みんなにはちゃんと、練習メニューを指示してきた。何、私がいなければいないで、みんな、

のびのびとプラクティスに集中できるものなのだ。鬼のいぬ間に洗濯だな」

「鬼ね……まあ、それを聞いてほっとしたよ」

「スポーツとはいえ、あくまで学生の部活動だ。ましてうちの高校は、進学校。基本的には十

代の楽しい思い出作りなのだから、部活は気さくに気楽に気兼ねなくが一番だ。しかし、本来

無関係な私の人間関係、それにチームメイトのことまで気に掛けてくださるとは、阿良々木先

輩は本当に思いやりのある人だ。細やかな心配り、痛み入る。実に懐が深い、一望千里な心具

合だぞ。まさかバスケットボール部のためにあえて嫌われ役まで演じてくれるとはな。目下の

者に対して本当に親身であればこその行いだ。私は阿良々木先輩のような人には会ったことが

ないぞ」

「僕もお前みたいな奴には会ったことがねえよ……」

多分、新機軸だよな……。

ここまで天然の褒め殺しキャラ……。

「そうか。阿良々木先輩からそう言っていただけるとは、光栄の至りだ。ふふ、阿良々木先輩

くらい優渥な人から褒められると、自分でも不思議なほどに発奮させられるというのだろう

か、なんだか、本来ないはずの勇気すらわいてくるようだな。今なら私は何でも出来るような

気がするぞ。これからは、何か落ち込むようなことがあったときには阿良々木先輩を訪ねるこ

とにしよう。阿良々木先輩の謦咳に接するだけで、私は何でも頑張れるに違いないのだから

な」

決して微笑みを絶やさない神原だった。

それはほとんど無防備とも取れる笑顔なのだが――しかし、芯のところにしっかりとした強

さを感じさせるところが、決して無防備ではない。自分自身に対して絶対の自信をもっている

からこその、その笑顔なのだろう。

僕とは全く違う世界の人間。

僕とは全く違う種類の人間。

いや、それはそれ自体では、わかりきっていることだし――性格云々ではなく、スポーツ少

女、学校のスターである神原と、阿良々木暦とが違う世界の人間だということ、違う種類の人

たいまん

せんたく

ふところ

しんきじく

ゆうあく

けいがい

しん

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間だということはわかり過ぎるほどにわかりきっていることだったが、しかし、問題は、その

神原駿河が、どうして僕に声を掛けてきたのかということだ。

声を掛けてきただけでなく。

こうして、声を掛け続けてくるのか――だ。

駆けてきて――駆け続けてくるのか。

神原自身の言葉ではないが、何か落ち込むことがあったから、頑張るために訪ねてきている

――のではないはずだ。僕にそんな、神通力みたいな力はない。あったら自分で惜しみなく

使っている。

三日前から数えると、一体何度目の質問になるのかもうわからなかったが、僕は、神原に質

問した。

「で、神原。今日は何の用なんだ?」

「ああ、そう……」

ここまで常にはきはきと、淀みなく応答してきた神原は、ここで初めて、言葉に迷ったよう

だった。しかしそれも一瞬、すぐに頬に微笑をたたえて、僕に言った。

「……今朝の新聞の国際面、読んだろう? ロシアのこれからの政治情勢について、阿良々木

先輩の意見を聞きたいんだ」

「時事ネタかよ!」

しかも、よりにもよって何てセンスだ。

日本の政治についてだって、僕はよく知らないというのに、海を渡ってロシアと来たか…

…。

「ああ、インドの話の方が阿良々木先輩好みだったかな? ただ、私は残念ながらこの通り、

体育会系、アウトドア系の人間なものでな、IT関連は弱いのだ。それよりも今はロシアの抱

える問題の方が、私にとっては実際的だ」

「……今朝は新聞、読んでないんだよ」

言った本人ですら誤魔化せるとは思えないほどにあからさまな言い訳の言葉を口にする僕

だった。本当は、読むには読んだけれど、議論できるほどの嗜みがないだけなのだが……。

しかし神原はそれに対し、

「そうか」

と、ゆるやかに眼を細めるのみである。

「阿良々木先輩は多忙だからな、朝に新聞を読む暇がないのというのも無理はない。分も弁え

ずに無神経なことを言ってしまった、申し訳ない。ならば、この話は明日に回そうと思うのだ

が、阿良々木先輩もそれでいいかな」

よど

ごまか

たしな

わきま

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「いいよ……」

「心が広いな。そんな簡単に許してもらえるとは思わなかった。私の浅薄な発言に阿良々木先

輩ほどの人が何も思っていないわけがないのに、そんなことはおくびにも出さず、その鷹揚な

対応。清濁併せ呑む大きな心とはこのことだ。私はまた阿良々木先輩のことが、一つ好きに

なったぞ」

「そうか、ありがとう……」

「礼には及ばない。私の正直な気持ちだ」

「…………」

けれど、こいつ、それなりに頭もいいんだよな。

スポーツができて頭がいいっていうのは、人間的にはかなりの反則だよなあ……羽川だって

戦場ヶ原だって、運動能力が低いというわけではないのだろうが、この後輩を前にしてしまえ

ば、さすがに較べるべくもないだろう。一応、戦場ヶ原は、中学生のとき、陸上部のエース

だったとはいえ、高校生になってからのブランクは大きいだろうし――戦場ヶ原が抱えていた

特殊な事情も、そこに加味すれば尚更だ。

いや、勿論。

僕だってまさか、神原が本当に、僕と、ロシアの政治情勢について議論を戦わせたいのだと

は思ってはいない――明らかに方便だろう。

一体何の用なんだと、僕が何回訊いても、あくまでもそんな調子で、神原はまともに答えよ

うとしない。

他に何か

目的があるのだとは思う。

しかし、それが見当もつかないのである。

一体こいつはなんで、それもいきなり、こんな風に僕に付きまとうようになったのだろう。

学校のスターの神原と落ちこぼれ三年生の僕との接点なんて、一つもないはずなのに。

縁もゆかりもありはしないはずなのに。

「ところで阿良々木先輩、今日は何か変わったことはなかったか?」

「あん? 別に……普通だけど」

お前のこと以外は。

いや、そろそろお前のことにも慣れてきた。

「実力テストが近いから、それがちょっとした頭痛の種って感じかな……」

「実力テストか。ふむ、それには私も頭を痛めている。テストは、部活をやっているものには

とても迷惑なのだ。一週間前から練習が、学校側から強制的に禁止されてしまうから、自主ト

レに励むしかなくなるのだ」

おうよう

あわ

なおさら

ほうべん

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