第61章

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「ふうん」

そうなんだ。

禁止されたときくらい休めばいいのに自主トレに励むしかなくなるということになる理屈は

理解しがたいが、まあ、違う世界の話。

「でも、お前個人に限れば、それもまた都合がいいんじゃないのか? 左手の捻挫、その間に

治るだろう」

「ん? ああ……ああ、そうだな」

左手に視線を落とす神原。

「さすが阿良々木先輩、見るところが違う。常に人が幸せになる方法を考えているという感じ

だな。素晴らしいポジティヴシンキングだ」

「ポジティヴシンキングにかけては、百年経ってもお前の右に出られるとは決して思わない

よ、僕は……」

どんな育ち方をしたら、こんな人間ができあがるのだろう。

はなはだ不思議だ。

「まあ、ありふれた言い方になってしまうが、やはり学生の本分は勉強だからな。迷惑とはい

え、実力テストは実力テストで、頑張らせてもらおうと思っているぞ」

「怪我が右手でなくてよかったな」

「いや、私はサウスポーなんだ」

神原は言った。

「左利きというのは日常生活においては大概の場合とても不便なものなのだが、勝敗を競うス

ポーツの世界に限れば、優位に立てる場合が多いから、重宝している」

「へえ、そうなのか?」

「うむ、対人競技をやっているものならば常識だぞ。生まれは左利きであっても、今の日本で

は大抵の場合、矯正されてしまうからな、サウスポーのアスリートは十人に一人、いるかいな

いかという割合なのだ。阿良々木先輩、この割合をバスケットボールというスポーツに当ては

めればどうなると思う? バスケットボールは五人対五人の球技だ、つまりコートの中にいる

サウスポーはただ一人。そしてその一人とは即ちこの私だ。私がエースになれた理由の一つ

が、そこにある」

「ふうん……」

わかったようなわからないような話だな。

「しかし、それだけに、自身の不注意が原因とは言え、いざこうなってしまうと、単純な不便

さだけが募ってしまうのだがな」

きょうせい

つの

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「左利きね……ま、僕はスポーツとかやらないからそういうのはよくわからないけれど、で

も、単純に、左利きって、格好いいよな」

素直な感想。

まあ、思い込みというかこれは偏見のレベルだけれど、左利きの人間って、僕にはなんだ

か、動作がいちいちスマートに見えるんだよな。

「そんなことを言って、阿良々木先輩も左利きなのだろう? ふふ、時計を右手首に巻いてい

るからな、すぐに気付いたぞ。左利きの人間は左利きの人間には敏感なのだ」

「…………」

時計はなんとなく右手首に巻いているだけだとは、口が裂けても言えなくなってしまった…

…これから先、僕は、こいつの前では左手で字を書き、左手で箸を使わなくてはならないのだ

ろうか。スマートだとは思うけれど、矯正してまでそうなろうという気は決してなかったのだ

が……。

「じゃあ、試験、大変になっちまうわけだな。利き腕がその有様じゃ、国語の試験なんて、

やってられないだろ」

「まあ、そうはいっても実力テストだ、どの教科にしたって論文を書くわけではないからな、

多少字が歪む程度で、うん、平気だ。先生方もその辺りの事情はきちんと考慮してくださるだ

ろうしな。阿良々木先輩に不要な心配をかけるような言い方になってしまった、申しわけな

い。それにしても、全く阿良々木先輩は本当に後輩思いなのだなあ。テストを前に私なんかの

心配をする余裕があるなんて、さすがだとしか言いようがない。なかなかできることではない

ぞ」

「……いや、別に余裕はないんだけどな」

それは本当にもう。

余裕があったら後輩の心配をするというわけではないにせよ、こと今現在に限っては、僕に

余裕と言えるようなものは、一切ない。

「今日もこれから、勉強会にお出かけだよ」

「勉強会?」

きょとんとした仕草の神原。

勉強会という単語がぴんとこないらしい。

「えーっと、つまりだな、わかりやすく言うと、僕はこれまでの成績があんまり芳しくなかっ

たので……それに、一年のときと二年のとき、出席日数もやばかったので……」

何故こんな説明をしなくてはならないのだ。

スターとはいえ、年下の後輩相手に。

かっこう

はし

しぐさ

かんば

なぜ

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「つまり、実力テストは、挽回の機会なんだ」

結局、見栄を張った言い方になってしまった。

自分の器の小ささを思い知る。

「ふむ。なるほど」

頷く神原。

「私はあまり試験勉強に熱を入れないタイプだから、よくわからないのだが、まあ、そういえ

ば、クラスの連中も、試験前は誰かの家に集まったりしていた……かな?」

「ん。まあ、そんな感じだ」

「そうか。では阿良々木先輩はこれから友達の家に行くのだな、じゃあ。しかし……」

と、若干、口ごもる風の神原。

「スポーツと違って、勉強なんて、みんなで力を合わせたらどうこうという種類のものだとは

思えないのだが……」

「大丈夫。勉強会とはいっても、僕が一対一で、一方的に教えてもらうだけだから、家庭教師

みたいなもんだ。クラスに滅茶苦茶成績がいい奴がいてさ、そいつの世話になろうってこと」

「ふうん……ああ」

神原は思いついたように、

「戦場ヶ原先輩か」

と言った。

「……ん? 知ってるのか?」

「阿良々木先輩のクラスで成績がいいといえば、戦場ヶ原先輩をおいて他にいないだろう。か

ねてより、噂には聞いている」

「ふうん……まあ、そうなんだけど」

まあ、やっぱりあいつも有名人だしな。

下級生にも一人くらい、戦場ヶ原のことを知っている奴がいたとしても、それほどおかしく

はないのか。

ん?

でも、どうだろう、成績がいいってことで有名なら、学年トップを誰にも譲ったことのな

い、より有名な羽川の方を、先に連想しそうなものだけれど……少なくとも戦場ヶ原をおいて

他にいないってことはないはずだけれど。それに、普通、勉強会というニュアンスからだった

ら、順当には同性同士、この場合は女子ではなく男子の名を挙げるのが普通じゃないのか?

なんでいきなり戦場ヶ原なのだろう。

「では、邪魔をしてはいけないな。今日は、ここで失礼さ

せてもらおうと思う」

うつわ

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「そっか」

引き際を心得ているみたいなことを言いながら、しっかり『今日は』と言ってのける辺り

が、神原駿河である。

ぐっと腰を落として、脚を伸ばす。

ウォーミングアップ。

アキレス腱をじっくりと伸ばして――

「阿良々木先輩。ご武運を」

と。

言ったが早いか、神原は、『たっ、たっ、たっ、たっ、たっ、たっ』と足音を響かせなが

ら、来た道を逆に、駆け足で、戻っていった。かなりの健脚――ただ単に足が速いというん

じゃなくて、異様なほど、トップスピードに乗るのが早い。多分、百メートル、二百メートル

でタイムを取れば、そんなにずば抜けた記録が出るわけではないのだろうが――しかし、十

メートル、二十メートルという超超短距離走なら、陸上部のレギュラーを相手にしたって、神

原はそ

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