第62章

うそう引けをとることはないだろう。この辺り、バスケットボールのような限られた

フィールド内で縦横無尽に動き回る競技に対して特化されたアスリートである、神原駿河の面

目躍如か……あっという間に、その背中が見えなくなってしまった。激しい動きに、短めのス

カートはめくれ放題だったが、そのスカートからはみ出すほどの長さのスパッツを穿いている

神原が、そんなことを気にするはずもない。

……でも、走るときはジャージにした方がいいとは思う……見てる側としてもよこしまな期

待を抱かずに済むしな。

そして、やれやれ。

僕は肩の荷が降りたような気分になる。

今回は、比較的、短時間で終わったけれど……どうしてあいつが僕にこうも付きまとってく

るのか、その理由をさっさと明らかにしないことには、これからもずっと、こういう事態が続

くのかもしれないと思うと、あまり暢気に構えてもいられない。いや、別に現実的な被害実害

があるわけではないのだから、放置しておいてもいいといえばいいのだが、神原のあの性格

は、僕みたいな人間にはちょっとばかり疲れる……いや、神原駿河と話していて、疲れること

のない人間なんて、一人だっているのだろうか? そんなの、いたとしても――

そうだな。

それこそ、戦場ヶ原くらいだろう。

「良々々木さん」

「……さっきのに較べれば限りなく正解に漸近した感じではあるが、しかし八九寺、僕の名前

けん

めん

もくやくじょ

のんき

らららぎ

ぜんきん

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をミュージカルみたいに歌い上げるな。僕の名前は阿良々木だ」

「失礼。噛みました」

「違う、わざとだ……」

「噛みまみた」

「わざとじゃないっ!?」

「垣間見た」

「僕の才能の一端をか!?」

いつの間にか、僕の横に八九寺がいた。

神原がいなくなったのを見て取って、戻ってきたらしい。八九寺のことだから本当のところ

はわからないけれど、その素早さからすると、一応、僕を置いて一人さっさと逃げ出したこと

について、それなりの罪悪感を覚えていたのかもしれない。名前の間違いも、今回に限っては

本当にわざと、故意の照れ隠しと見るのが正当か。

「何ですか? あの方は」

「見ててわからなかったか?」

「ふうむ。阿良々木さんのことを先輩と呼んでいた辺りから推理させていただくと、そうです

ね、阿良々木さんの後輩ですか?」

「……名推理だな」

ここで神原なら、マーロウだかなんだか、とにかく古典の探偵なんかを引き合いに出して、

八九寺を思い切り持ち上げるようなことを言うのだろうが、駄目だ、一瞬だけその真似をして

みようかと思ったのだけれど、僕の中の何かが、それを許可しようとしない……。

「しかし、阿良々木さん。陰でこっそり聞かせていただきましたが、あの方とはどうにも要領

を得ない会話をされていましたね。会話のテーマが最後までよくわかりませんでした。あの

方、雑談をするために、阿良々木さんを走って追いかけてきたのでしょうか?」

「ああ……いや、八九寺、そんな風に訊かれても、僕にもそれはよくはわからないんだけれど

……」

「わからないとは、えらく水彩画を描く意見ですね」

「僕の意見は美術部員か」

精彩を欠く、な。

僕は正直なところを八九寺に言った。

「今、僕、あいつにストーキングされてんだよ」

「ストーキングといいますと、女性が下半身に穿く」

「それはストッキングだ」

せいさい

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「そうでしたっけ」

「ストーキングじゃわからなかったか? まあ、ストーカーだよ、要するに」

「ストーカーと言いますと、女性が下半身に穿く」

「それはスカートか? なんで阿良々木さんはそこまで女性の下半身の着衣に対して興味津々

な男なんだよ」

折角だから八九寺がスパッツと取り違えるような単語は何かないだろうかとちょっと考えて

みたが、残念ながら僕の語彙ではそれを思いつくことはできなかったので、諦めてそのまま話

を進行させることにした。

「よくわかんないんだけど、三日前くらいから、やけに露骨に僕につきまとって、とにかく気

が付いたらそこにいて、僕に話しかけてくるんだよ。一方的にな。それも、お前の言う通り、

要領を得ない会話ばっかりで……雑談っつーのか何っつーのか、正直、何がしたいんだか、

さっぱりだ」

目的は――そりゃ、あるはずなんだけれど。

推測の糸口もつかめない。

多分、はぐらかされている。

三年生と二年生とじゃ、行動範囲がかぶるのはグラウンドくらいだから、たまたま会うとい

うことは滅多にない――つまり、逆に言えば、神原はわざわざ、短い休み時間を使って、隙間

を縫うようにして僕を探しているということになるのだが、しかし……それくらいはわかるの

だけれど、けれど、逆に言えば、それくらいしかわからない。

「ふうむ。でも、阿良々木さん。そんな難しく考えなくっても、あれじゃないですか。あの

方、普通に阿良々木さんのことが好きなんじゃないんですか?」

「は?」

「確か、そんなことを言ってらしたような」

「……ああ、そういえば。って、んなわけねえだろ。あんなの言葉の綾だって……ギャルゲー

の主人公とかじゃないんだから、そんないきなり、ある日突然、モテモテになったりするわけ

ねえだろ」

「そうですね。阿良々木さんがギャルゲーの主人公だったら、わたしも攻略対象に入ってしま

うわけですから、そんなのは真っ平御免です」

「…………」

小学生、ギャルゲーってわかるの?

僕もやったことがあるわけじゃないんだけど。

「でも、もしそうだとしたら、わたしは難易度の高いキャラでしょうね、きっと」

せっかく

ごい

ごめん

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「いや、多分チョロいぞ、お前……」

人見知り属性さえ解除すれば、後はなし崩しだろう……。ヒロインが六人いたとしたら、四

番目くらいに攻略されそうな感じ。

まあ、年齢的な問題を考慮すれば、確かに、かなりの難易度にはなるだろうけれど。

「神原はそういう奴じゃ……ああ、でも、恋愛は激しい奴だという噂もあったっけな、そうい

えば。でも、それにしたって、神原と僕なんて、接点

なんて嘘偽りなくゼロだったんだぜ?

僕はあいつら……神原とかとは違って、有名人でも何でもないわけだし」

しかし、考えてみれば、あいつ、最初に僕に声を掛けてきた段階で、もう僕のこと、少なく

とも名前やクラスくらいは、知ってたってことになるんだよな。

どうしてだろう。

誰かに聞いた、とか、なのかな……?

「捨て猫を拾ったところを見られたのでは?」

「拾ってない」

というか、見たことないぞ、捨て猫。

大体、拾ってくださいなんて書かれた段ボール箱に入れられたまま、じっとしてる猫なんて

いるのか? どれだけ躾けられてるんだよ。

「では、ゴミを拾ったところを見られたのでは?」

「お前今、猫とゴミとを同列に語らなかったか?」

「それこそ言葉の綾です。因縁をつけないでください。か弱い女の子の言うことに言いがかり

をつけて楽しむだなんて、阿良々木さんは本当に悪趣味ですね」

「猫に

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