第63章

謝れ。猫は怖いんだぞ」

「そうでなくとも阿良々木さん、一目惚れというものは、実際に存在するらしいですよ。人間

同士の関係なんて、ぶっちゃけ第一印象で決まってしまうらしいですし。そう理解すれば、一

応、あの方が阿良々木さんに付きまとっているという現象にも、とりあえずの説明がつくので

は?」

きゃんきゃん笑いながら、嬉しそうに言う八九寺。

この辺り、小学生だ。

「間違いありません。わたしの中の女の部分が間違いないと告げています。どうします? 阿

良々木さん。今はまだ探りを入れられている段階のようですが、もしそうならば近い内にあの

方、阿良々木さんに告白してくるかもしれませんよ? どうしますどうしますどうします?」

「あのなあ。僕はそういう、何でもかんでも恋愛感情で説明しちまう風潮ってのは、あんまり

好きじゃないんだよ。昔の海外映画よろしくの、愛の力って奴か? それで全てが解決するな

しつ

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ら、世の中、どんな楽か知れないよ。ありえないありえない。単純に、二次的で実際的な目的

があるはずと探る方が、よっぽど納得が行くぜ。それに僕は」

僕は言った。

「一番難易度の高いキャラ、もう攻略しちまってるからさ」

003

「不愉快なことを言われた気がするわ」

戦場ヶ原ひたぎは突然そんなことを呟いた。

本当にいきなりで、しかも何の脈絡もなかったために、びっくりして、ノートに走らせてい

た鉛筆の動きが止まってしまった。

しかしどうやらその呟きは完全に独り言だったらしく、戦場ヶ原はすぐに「それにしても」

と話題を切り替えて、

「勉強を教えるのって、難しいものなのねえ」

と言った。

あれから、八九寺とは結局、僕の自宅の前まで一緒に歩き、まあ神原のことやそれ以外のこ

とも含め、色々と話をし、そして、別れた。八九寺はいつもどこかをうろうろしているような

奴なので、またすぐに、どこかで会えることだろう。で、リュックサックを置いて、着替え

て、教科書とノートと参考書をボストンバッグに詰め込んで、自転車を通学用のママチャリか

らマウンテンバイクに乗り換え、戦場ヶ原の家へ。既に帰宅していた妹達から根掘り葉掘り訊

かれそうになってしまったが、幸い、逃走することに成功した。

八九寺にも言ったが、戦場ヶ原の家は、それなりに遠い。普通は自転車では行かない距離

だ。ただ、バスを使うと結果的に徒歩での距離が増えてしまうので、結局は自転車で向かうの

が一番早いように、僕は思う――気分的な問題だろうし、戦場ヶ原の家を訪れるのはこれで二

度目だし、自宅から向かうのはこれが初めてなので、はっきりしたことは言えないが。

民倉荘――木造アパート二階建て。

その二〇一号室。

六畳一間、小さなシンク。

卓袱台を挟んで二人の標準的体格の高校生が向かい合って、勉強用具を左右に広げれば、そ

れでもう部屋がいっぱいになってしまうような環境である。戦場ヶ原家はいわゆる父子家庭

つぶや

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で、戦場ヶ原はいわゆる一人っ子で、そして戦場ヶ原の父親はいわゆる夜遅くまで働き詰めな

ので、当然、この状況、二人きりだった。

阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎ。

健康な十代の若者が、狭い部屋で二人きり。

男女。

そして、公式な恋人同士。

彼氏彼女の関係である。

それなのに。

「……どうして僕は勉強をしているんだろう」

「え? 馬鹿だからじゃないの?」

「嫌な言い方をするよなあ!」

その通りだけど。

もうちょっと何かあってもいいんじゃないのかと思うだけだ。

実際のところ。

付き合うようになったのが八九寺真宵もからんだあの母の日、五月十四日で、それからこれ

までにおよそ二週間が経過したわけなのだが、しかし、その間、色気のある展開になったこと

は、全くと言っていいほどなかった。

………………。

あれ、デートしたこともないぞ?

考えてみれば。

朝、学校で会って、休み時間に話して……一緒に昼食をとって……放課後、互いの帰り道の

分岐点まで一緒に歩いて……、じゃあまた明日と言って、それくらいだ。そんなの、ちょっと

さばけた連中なら、男女の垣根なんて関係なく友達同士でやってそうなことじゃないか……。

色気のある展開を強く望むとは言わないけれど、もうちょっとこう、恋人同士らしい展開が

あっても、いいはずなのに。

「勉強という言葉が含まれるイベントで苦労することなんて、私のこれまでの人生には全くな

かったから、阿良々木くんが何に悩んでいるのか、何に行き詰っているのかが、ちっともわか

らないわ……阿良々木くんが何がわからないのかがわからないのよ」

「そうなのか……」

凹むことを言う……。

こいつの学力と僕の学力との間には、一体どれほどの差があるというのだろう。底が見通せ

ないくらいの、深い谷みたいな感じだろうか。

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「わからない振りをしてウケを狙ってるんじゃないかとすら思うわ」

「どんな捨て身だよ……。でも、戦場ヶ原、お前だって生まれたときから頭がよかったわけ

じゃないだろう? 血の滲むような努力の末に、学年トップクラスの成績を維持しているはず

じゃないか」

「努力している人間がそれを意識すると思うの?」

「……さいですか」

「あ、でも、誤解しないでね。努力が全く実を結ばない、どころか努力するすべさえも知らな

い阿良々木くんみたいな人間のこと、ちゃんと哀れんではいるのよ」

「哀れまないでくれ!」

「ちゃんと儚んではいるのよ」

「ぐ、ううっ! 突っ込みを入れると形容がより酷くなるルールなのか……!? これでは迂闊

に泣きを入れることもできない!」

一体何のゲームなんだか。

「雑草という名の草はなくとも、雑魚という名の魚はいる……」

「雑魚という名の魚もいねえよ!」

「雑草という名の草はなくとも、雑草と呼ばれる人間はいる……」

「呼ばれる人間がいるってことは呼ぶ人間がいるってことだぞ!」

「しかし、まあ、今度の実力テストで阿良々木くんに合格点を取らせることに成功すれば、私

は人間として更にもう一歩、先へと進むことができるんだと思うと、やる気が出るわ」

「僕の成績のことを自分の試練みたいに捉えてんじゃねえ……それに、お前が人間とし

て先へ

と進むべきところは、もっと別にあるだろうよ」

「うるさいわね。絞め殺したわよ」

「過去形!? 僕は既に死んでいるのか!?」

こいつに勉強を教えてもらおうというのは、ミステイクだったかもしれない……うーん、素

直に羽川に頼っておけばよかったのかなあ。

でも。

八九寺にはああ言ったものの、正直、戦場ヶ原の家で二人きりになれば、ひょっとしたら何

かあるかもしれないなとか、そんな、下心というのも恥ずかしいくらいの可愛らしい目論見

が、あるにはあったんだけれど……。

ちらりと、ノートから、戦場ヶ原に眼を移す。

戦場ヶ原は、相変わらずのお澄まし顔。

表情がほとんど動かない。

にじ

うかつ

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恋人同士になったところで

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