第66章

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といえば、むしろ羽川の方なのだろうけど。

アピールの仕方がわからないのは、お互い様ってことなのか。

「……なあ、戦場ヶ原」

「何よ」

「お前、ホッチキスとか、まだ持ってるのか?」

「そういえば……最近は持ってないわね」

「あっそ」

「うっかりしていたわ」

「うっかりね」

なら――それも進歩か。

その程度の変化でツンデレというのは、土台無理があるけれど、それが戦場ヶ原のパーソナ

リティだというなら――

……ん、そういえば。

その二年間以前の、戦場ヶ原といえば――

「お前、そういえば、中学時代は、陸上部のエースだったんだよな?」

「ええ」

「もう陸上とか、やらないのか?」

「ええ。やる理由がないから」

即答といっていい速度で答える戦場ヶ原。

「もう、あの頃に戻るつもりはないわ」

「ふーん……」

中学時代の戦場ヶ原は、すごく人当たりのいいいい人で、誰にでも優しく、努力も怠らな

い、そして気取らない、人格者の陸上部のエースだったそうだ――元気一杯の、活発な生徒

だったそうだ。噂の範疇を出ない話だが、しかしこれに関しては、かなり信憑性のある噂だと

いっていい。

それが、高校生になる直前に、変わった。

そして二年。

変わったものは、戻った。

戻ったから――しかし、全てが戻るわけがない。

本人にも、そのつもりがないのだとすれば。

「その必要性や必然性があるとも思えないし、それ以上に、今更戻っても仕方がないって思う

し――色々、背負うべき荷物も増えたから。それに、そもそも、もう三年生だからね。でも、

おこた

はんちゅう

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阿良々木くん。どうしてそんなことを訊くのかしら?」

「いや、単純に、スポーツをやってた頃のお前ってのに興味があったもんでな……まあ、ブラ

ンクもあるわけだし、無理してまでやるようなものでもないか」

猫といえば羽川翼であるように、スポーツといえば、今の僕の中では神原駿河なので、あの

後輩の姿を脳裏に浮かべながらの質問だったわけだけれど……にべもないとはこのことだ。

前向きといえば前向き――しかし。

けれど、果たして、後ろを振り返らないことを、前向きといっていいのかどうか。

今の戦場ヶ原は、やっぱり……。

「大丈夫よ。スポーツなんてしなくとも、このスタイルは維持するつもりだから」

「……いや、そういうつもりで言ったわけでは」

「男と別れたことのない、この弾性に富んだわがままなボディに、阿良々木くんは惹かれたの

でしょう?」

「身体目当てみてえに言ってんじゃねえよ!」

しかもわがままなボディって……。

他に言いようはなかったのかよ。

「そう。身体目当てではないの」

戦場ヶ原はとぼけた風に言った。

「なら、しばらくは、我慢できるわよね」

それが言いたかったのだろうか。

だとすれば、随分、遠回しな――とても、戦場ヶ原らしい直截的物言いとは言えないよう

な、酷く迂遠な言い方だけれど。

貞操観念、ね。

やはりそれだけではないのだろう、が。

「そうよね。阿良々木くんは、バイキング形式の料理を食べるときに、申し込んでしまった以

上どうせ支払う料金は同じなのに、『料金分は食べたな』とか『もうちょっと食べないと勿体

ない』とか、そんなせせこましいことを言うような厚顔無恥な人間ではないわよね」

「…………」

それがどういう意味合いを含んだたとえ話なのかはわからないけれど、その意図するところ

が僕に対する何らかの牽制であることだけは、確かだな……。

人間関係に臆病。

僕との関係に、慎重。

ならば、それに付き合うもやぶさかではない。

うえん

けんせい

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付き合うというのがなんなのかはやっぱりよくわからないが、付き合うというからには、全

てに付き合おうではないか。

「……ああ、そうだ」

と、そこで思いついて――僕は戦場ヶ原に、神原駿河のことを言っておくことにした。い

や、余計な心配をかけてはいけないと思ってというような話でもなく、単に話す必要がないだ

ろうと判断して、戦場ヶ原を煩わせてはいけないと黙っていたけれど、先ほど八九寺が、小学

生特有の感性で解釈した、神原駿河の行動原理のことを思うと、万が一でもその可能性がある

のかもしれないと思うと、立場的に、恋人である(はずの)戦場ヶ原にそれを黙っているまま

というのは、あんまりフェアじゃない感じもする。

さっき脳裏に思い浮かべちゃったし。

それに、気になっていることも、あるのだ。

「なあ、戦場ヶ原」

「何よ」

「神原駿河って、知ってる?」

「………………」

沈黙が返ってくる。

いや、何も返ってこない。

フェアじゃないというのなら、この質問の仕方自体が全くもってフェアじゃなかっただろう

――だって、学校中のスターである神原駿河のことを、知らない生徒などいるわけがないのだ

から。今はどうなのかしらないが、どんな遅くとも来週頭には、神原が僕をストーキングして

いるという事実も、噂となって出回ることだろう。まあ、それは気を揉むまでもなくデマ扱い

されておしまいだろうけれど――だけど、だから、自然、この質問は、別の意味をはらんでし

まうことになる。あえてフォローを入れずにそのまま、生じた静寂に耐えていたら、

「そうね」

と、戦場ヶ原は言った。

「神原駿河か。懐かしい名前だわ」

「……そっか」

やっぱり――旧知か。

そうだと思ったんだ。

勉強会と言ったとき、神原が学年トップの羽川ではなく、まず最初に戦場ヶ原を連想した理

由――それだけではなく、これまでの神原の台詞の端々から、そういうニュアンスは感じ取れ

た。八九寺が言うような可能性に、僕が全く思い当たらなかったのは、そういう雰囲気が漠然

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どころか歴然としてあったからだ。つまり、僕ではなく、僕以外の何かを、神原が目的として

いるという雰囲気――

「それでさっき、阿良々木くんは私の中学時代のことを訊いたのかしら? ええ、あの子は中

学時代の、私の後輩よ」

「今も後輩だろ。同じ学校なんだから。ああ、それとも、神原の奴、中学時代は陸上部だっ

たってことか?」

「いえ、あの子は中学生の頃からバスケットボール部だったわ。……神原? えらく親しげに

呼ぶじゃない」

瞬間で、戦場ヶ原の目つきが剣呑なものへと変化した。普段、全く感情のこもらない戦場ヶ

原の瞳が、やにわ物騒な光を放つ。僕が何か釈明の言葉を口にするのをわずかにも待つことな

く、右手のシャープペンシルの先端が、僕の左眼を正確に目掛けて、ものすごいスピードで伸

びてきた。反射神経で咄嗟にかわそうとしたが、右手の動きと全く同時に、その上に広がる

ノートをかき散らすことを一切構わずに卓袱台を膝立ちで乗り越える形で、反対側の左手で僕

の後頭部を抱えるようにした戦場ヶ原によって、その動きは封じられた。

シャープペンシルの先端は――眼球ギリギリの、寸止めということすらも非常におこがまし

い、瞬きも許さないほどのギリギリのと

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