第65章

リアできるでしょうけ

れど、これからのこと、一体、どういう風に考えているの?」

「これからのこと?」

「進路のこと」

言って、戦場ヶ原は、シャープペンシルの先で僕を指す。

「進路って……いきなり、そんなこと言われても」

「高校三年生の五月末よ。いくらなんでも、何も考えていないということはないでしょう?

前に卒業できればそれでいいみたいなことを言っていたようだけれど、それはつまり、阿良々

木くんは卒業と同時に就職するということ? 何か具体的なプランが? 働き口にコネやアテ

があるのかしら?」

「えーっと……」

「それとも、とりあえずはフリーター? それともニートなのかしら。私、その辺りの言葉は

問題を過度に安易に単純化しているようだから、あまり好きではないのだけれど、勿論阿良々

木くんの意見、意志が何より優先されるわよね。ああ、でも、まずは専門学校で手に職をつけ

るという選択肢もあるにはあるのかしら?」

「お前は僕の親なのか……?」

細かいことをちくちくと訊いてくる。

そんな畳み掛けるように色々と訊かれても、答えられるわけがない……目の前に迫った実力

テストのことだけで、もう僕がいっぱいいっぱいになっていることくらい、戦場ヶ原にもわか

りそうなものなのに。

「親? 何を言っているの。恋人でしょう」

「………………」

直截的物言い。

たた

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必殺技。

ある意味、毒舌よりも必殺技だった。

少なくとも、僕にとっては。

「進路か……そうだよな。確かに、そろそろ決めないとな……ところで、戦場ヶ原、お前はど

うするんだ?」

「進学ね。多分、推薦、取れるから」

「……あっそ」

「多分という物言いは謙虚過ぎたかしら」

「お前にしてはな」

「とにかく、進学」

「進学か」

当たり前のように言うよな。

当たり前なんだろうけれど。

さっきの戦場ヶ原の言葉じゃないが、それに今わからないわけだから一生わからないことな

のだろうけれど、頭のいい奴の頭がいいっていう感覚は、一体、どういうものなのだろう。

「学費のことを考えたら、進むべき道は自然に絞られてしまうわね。まあ、幸いにというと自

虐的になってしまうけれど、私は取り立ててやりたいことがあるわけでもないのだから、進路

の方に私が合わる感じになると思うわ」

「別に、どこに行っても、お前はお前のままだろうよ」

「そうね。でも」

戦場ヶ原は言う。

「私はできれば、阿良々木くんと同じ道に進みたいものなのだけれど」

「いや……ちょっと、それは」

そう言ってくれるのは、素直に嬉しいけれど、それはもう物理的に不可能だとしか言いよう

がないぞ……。

そうよね、と頷く戦場ヶ原。

「無知は罪だけれど、馬鹿は罪じゃないものね。馬鹿は罪じゃなくて、罰だもの。私のように

前世でしっかりと徳を積んでおけば、そんなことにはならなかったのに、阿良々木くんは可哀

想よね。寒さに凍えるキリギリスを見つめるアリの気持ちが、今、まざまざと実感できるわ。

この私に虫けらの気持ちを体感させるとは、阿良々木くんも大したものね」

「…………」

我慢しろ……。

すいせん

じぎ

ゃく

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この件に関しては、反論はただ傷口を広げるだけだ……。

「いっそ死んでしまえば、楽になるのに。キリギリスだって死骸になれば、貴重な栄養源とし

て、アリに食べてもらえるんだから」

「お前と次に会う場所は法廷だな!」

我慢できなかった。

僕もいまいち忍耐力に欠ける。

「まあ、でもさ、そうはいっても、戦場ヶ原。卒業後の進路が分かれたところで、僕達、別に

違う道を歩くわけじゃないだろう?」

「そうよね。その通りだわ。でも、大学に入って合コン三昧な日々を送っている内に、心変わ

りしてしまったらどうしようかしら」

「キャンパスライフを満喫する気満々なのかよ!」

「どうする? 卒業したら、同棲でもする?」

さらっと、そんなことを言う。

「それなら、互いの進路が分かれたところで、一緒にいられる時間は、今よりもむしろ増える

くらいでしょう」

「まあ……、悪くはないよな」

「悪くはない? 何その言い方」

「……したいです。させてください」

「あらそう」

そう言って――自然に教科書に眼を落とす。何気ない風を装ってはいるし、また、とりよう

によってはただの軽口ともとれるようなタイミングでの発言ではあったが、そういうときに冗

談を交えるような奴ではないことくらい、いくら察しの悪い僕でも、もうわかっている。

こいつは、戦場ヶ原ひたぎなのだ。

……それにしても、先の先まで考えている。

いや、先のことというより――戦場ヶ原はそれほどに、僕のことを、真剣に考えてくれてい

ると、そう受け取るべきなのかもしれない。普通、高校生同士のカップルで、付き合いをそこ

まで思いつめては考えないものだろうに。

しかし、付き合うってなんなのだろう。

口約束だし、保証があるわけでもないし。

嘆息。

駄目だ、今まで女の子と付き合ったことなんかないから、アピールがどうとかいう以前に、

こういう状況で一体どんな反応をするべきなのかすらわからないや。

ほうてい

ざんまい

まんきつ

よそお

たんそく

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全くもって見当もつかない。

これならギャルゲーとかやっとけばよかった。

参考くらいにはなっただろう。

でも、攻略はいいけど、ゲームと違って現実にはクリアなんてないんだよな。

「ため息が多いわね、阿良々木くん。ねえ、知っている? ため息一回につき、幸せが一つ、

逃げていくそうよ」

「既に千回単位で幸せを逃していそうだな、僕……」

「阿良々木くんがいくら幸せを逃そうと興味はないけれど、私の前でため息なんてつかないで

欲しいものね。煩わしいから」

「本当に酷いことを言うな、お前は」

「煩わしいと言っても恋煩いよ」

「……ん、反応が難しい振りだな、それ」

微妙に嬉しい気もするし。

突っ込みトラップだった。

「ところで、知っている? 阿良々木くん」

戦場ヶ原は言った。

「私、男と別れたことがないのよ」

「………………」

いや、それ、ものは言いようだろ?

ちょっと聞いたらすごく引く手数多ないい女っぽいけれど、それ、自分は男性経験ゼロだと

堂々と宣言しているようなものじゃないのだろうか。

「だから」

しかし続ける。

「阿良々木くんとも、別れるつもりはないわよ」

お澄まし顔は、変わらない。表情一つ、眉一つ動かない。こいつには感情というべきものが

皆無なのかもしれないと思わせる。ただし――それでも、やはり、意識していないわけがな

い、はずなのだ。

二年間だ。

中学から高校に上がるための、中学生でも高校生でも、まして春休みでもない頃から、戦

場ヶ原ひたぎは、他人との接触を、一切断っていた。他人との接触方法がわからなくなっても

――それは無理もないし、また、通常以上に消極的に、必要以上に臆病になったとしても、そ

れは仕方のないことだろう。警戒心の強い野良猫を相手にしているようなものだ――まあ、猫

わずら

あまた

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