第68章

位置的に、それは、私のことを知っている後輩が新しく入学してくるだろうことは予想済み

だったし、それについての対策も、一応、私なりに練ってはいたのだけれど――神原に関して

は、少しばかり油断してしまったの」

「ふうん」

戦場ヶ原ひたぎ。

彼女の抱えていた秘密――

僕は階段で足を滑らせた彼女を受け止めたことで、その秘密に気付いた――言うなればそれ

ふろがま

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はただの偶然だ。だが、それは逆に、その程度の偶然で露見してしまうくらいの、危うい秘密

だったという風に言うこともできる。秘密に気付いたのは僕が最初ではないと、戦場ヶ原自身

も言っていたし――とすると、神原は……。

神原の、あの性格からすると。

「あいつは……神原は多分、お前のことを助けようとしたんじゃないのか?」

「ええ、その通りよ。拒絶したけれど」

戦場ヶ原は平然と言う。

それが当然の文法のように、正しい日本語の使い方でもあるかのように。

「阿良々木くんのときと、似たような対処を取らせてもらったわ。阿良々木くんは、それでも

私にかかわろうとした。神原は、それきり、戻ってこなかったわ。まあ、その程度の関係よ」

「……戻ってこなかった」

それが、一年前のことか。

多分、徹底的に――拒絶したのだろう。昔の自分を、中学時代、陸上部のエースだった時代

の自分をよく知っている神原が相手だったがゆえに、恐らくは僕のときとは似ても似つかない

ほどの、強烈な拒絶をしたのに、違いない。そうでなければ――あの神原が、そうそう簡単に

引くとは思えない。確か、僕が戦場ヶ原の抱える秘密を知った五月八日の段階で――今現在、

学校内でそれをそれと知っているのは、僕の他には保健の春上先生だけだと、戦場ヶ原は言っ

ていた。

今現在――と。

つまり、神原駿河は、過去に、戦場ヶ原の抱える秘密に気付いたものの、戦場ヶ原によって

それを無理矢理に忘れさせられた哀れな被害者……いや、犠牲者の内の一人ということになる

のだろうが――しかし、それでも果たして、あの神原が、本当に、戦場ヶ原のことを、忘れら

れたのかどうか。

「……友達だったんだろ?」

「中学生の頃はね。今は違うわ。赤の他人よ」

「でも、お前はもう一年前とは……状況が変わっているっていうか、その、抱えている秘密っ

て奴は、解決したんだから――」

「言ったでしょう? 阿良々木くん」

遮るように、戦場ヶ原は言う。

「私、戻るつもりはないのよ」

「…………」

「そういう生き方を選んだのだから」

? ? ? ?

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「そっか……」

まあ。

それが戦場ヶ原の選んだ戦場ヶ原の生き方なのだとしたら、僕が横から口を挟むような問題

ではないのだろうとは思う――理屈の上では、そう思う。自分の方から手酷く拒絶した相手

と、災禍が解決したからといって元の鞘に収まろうなどと、そんな虫のいいことを言えるよう

な性格でも、戦場ヶ原はないだろうし。

「しかし……お前と神原との関係はわかったけれど、それって、その神原が僕に付きまとう理

由の説明には、あんまりなってないよな」

「大方、私と阿良々木くんが恋人間係になったことを、知りでもしたのでしょうよ。私達が付

き合い始めたのが二週間前、ストーキングが始まったのが三日前なら、タイミング的には丁度

よさそうなものじゃない」

「何? つまり、戦場ヶ原ひたぎにできた彼氏ってのがどんな男なのか、気になって……それ

で探りを入れているってことなのか?」

「そんなところだと思うわよ。迷惑かけるわね、阿良々木くん。そうね、それについては、私

ができる釈明は一つもないわ。人間関係を清算し切れていなかった私の責任といっていいも

の」

「清算って……」

嫌な言葉を使う。

むしろ凄惨って感じだし。

「大丈夫。責任は取らせてもら……」

「取らなくていい取らなくていい! お前何するかわかんないもん! このくらいのこと、僕

のトラブルだから僕が解決する!」

「遠慮しなくてもいいのに。水臭いわね」

「血生臭いんだよ、お前は……」

んー。

しかし、なんだか、それでも、腑に落ちない。

「神原って、一年前、お前にこっぴどく拒絶されてるんだろ? それで、それ以来、それっき

りなんだろ? なのに今更、お前に彼氏ができたくらいのことが、気になるもんなのか?」

「これが一般的な事例で、ただ決別した先輩に彼氏ができたということだけならばともかく―

―この場合は違うでしょう? 阿良々木くん。阿良々木くんは、神原にはできなかったことを

やったわけだから、それを不思議だとは思わないわよ。阿良々木くんがしたことは、神原に

とって、自分ではできなかったことなのだから」

さや

せいさん

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「ああ……そういうことか」

戦場ヶ原ひたぎの秘密に気付いておきながら……拒絶されてしまった彼女。激しく、容赦な

く、拒絶されてしまった彼女。恋人という立場にいる僕が、勿論、その秘密を知らないわけが

ないというくらいの推測は通常の手順で考えれば誰だってつくだろうし、そうすれば、僕が戦

場ヶ原の秘密を知りながらにしてその隣にいるという姿を見て、確かに、神原からすれば、思

うところがなくはないだろう。

とはいえ。

その秘密自体が既に解決していることにまで、神原が気付いているとは、思えないけれど。

そこまで推測がついていたのなら、さすがに神原は、僕ではなく、直接、戦場ヶ原の方に接触

するだろうと、思うから。

「自分で言うのもなんだけれど、神原にとって、戦場ヶ原ひたぎは、憧れの先輩だったのよ」

戦場ヶ原は目線を横にやりながら言った。

「私自身、そういう位置づけにいたという自覚はあったし、自ら望んでそういうキャラクター

を演じていたわけだしね。仕方のないことよ。仕方のないことだったと思う。だから、拒絶す

るときも、後腐れのないように注意をしたはずなのだけれど――そう。やっぱりあの子、まだ

私のこと、忘れていなかったのね」

「……あんまり迷惑みたいに言うなよ。別に向こうは、悪気があるわけじゃないんだろ。大

体、人から忘れられるっていうのは、結構凹――

「迷惑よ」

きっぱりと言う戦場ヶ原。

全く躊躇しない口振りだった。

「悪気のあるなしなんて、関係ないわ」

「そんな言い方、するもんじゃないだろ……お前が神原にとって憧れの先輩だったっていうな

ら、それに、神原が今でもお前のことを気に掛けてるっていうなら……まあ、仲直りっていう

のもおかしいかもしれないけれど、その余地くらいなら、あるんじゃないのか?」

「ないわよ。一年も前のことだし、仲良くしていたのも中学生の頃のことだし、それに、仲直

りっていうのも、やっぱりおかしいし。戻るつもりはないって、言ったでしょう? それとも

阿良々木くん、私は今更のこのことあの子の前に出て行って、いっぱい待たせてごめんなさい

とでも言えばいいわけ? 愚かしいことこの上ないわね」

戦場ヶ原は、この問答はこれでおしまいだとばかりに、そしてたっ

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