第69章

た今思いついたかのよう

に、話題を変えた。その手際は、いつもながらの見事なものだった。

「そうそう、そういえば阿良々木くん、近い内に、忍野さんに会う予定とか、あるかしら?」

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あこが

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「忍野に? ん、まあ、なくもないけれど――」

忍野はともかく――忍に血を飲ませてあげなくちゃいけないから、あの学習塾跡には、そろ

そろ行かなくてはならない。今日が金曜日だから、そうだな、明日か明後日にでも、時間を

作って……。

「そう。じゃあ」

戦場ヶ原は音もなく立ち上がって、衣装箪笥の上に置いてあった封筒を手に取り、そして

戻ってきた。封筒をそのまま、僕の前に差し出す。封筒には、郵便局のマークが入っていた。

「これ、忍野さんに、渡しておいてもらえるかしら」

「なんだこれ……ってああ」

訊いて、すぐに気付いた。

忍野メメ――

あの軽薄なアロハ野郎に支払う、仕事料か。

戦場ヶ原が抱えていた秘密を、戦場ヶ原が見舞われていた災禍を、取り除くのに必要だった

――対価としての、平たく言えば仕事料。

確か、十万円とか言っていた。

一応、中身を確認するが、間違いなく、万札が十枚、入っている。恐らくおろしてきたばか

りの、ピン札が、ぴったり十枚。

「へえ……思ったより早く準備したんだな。都合するのに時間がかかるみたいなこと言ってい

たのに。バイトするんじゃなかったのか?」

「したのよ」

戦場ヶ原はしれっと言う。

「少しばかり、お父さんの仕事を手伝わせてもらってね。まあ、無理矢理手伝ったというのが

正しいけれど、それで稼いだお金よ」

「ふうん」

戦場ヶ原の父親は、外資系の企業に勤めているとのことだったが――まあ、選択としてはそ

れは妥当なのかな? やっぱり戦場ヶ原の性格じゃ、普通のアルバイトには向いていないだろ

うし、大体、僕らの学校は、アルバイト禁止のはずだ。

「個人的にはお父さんの力を借りるのは反則っぽいから、あまり気は進まなかったのだけれ

ど、それでも、お金のことだけはきちんとしておきたいから。借金のある家庭で育った私とし

てはね。いくらか端数が出たから、それはまあ今度、阿良々木くんに学食でもおごってあげる

わ。我が校の学食は、レベルが高い割にリーズナブルだから、そうね、何を頼んでもいいわ

よ」

がいしけい

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「……ありがとう」

でも、学食なんだ。

平日の昼休みなんだ。

こいつ、僕とデートとかするつもり、そういうの、全くないのかな……。

「でも、それなら、お前が忍野に直接会って渡せばいいんじゃないのか?」

「嫌よ。私、忍野さん、嫌いだもの」

「なるほど……」

そういうこと、はっきり言うよな、恩人相手に。

それで決して、忍野に対して恩を感じていないわけではないというところが、戦場ヶ原の人

間の大きいところだと思う。

まあ、別に、僕も忍野が大好きってわけではないさ。

「できれば二度と会いたくないし、これっきりかかわりたくもないくらいね。あんな、他人の

ことを、見透かしたような人」

「まあ、忍野がお前と相性が悪いってのはその通りだろうけどな。あの人を馬鹿にしきった軽

薄な物腰は、お前の性格とは合わないだろうよ」

言いながら、僕はその封筒を、座布団の脇に置いた。そして、その封筒を上からぽんと叩い

て、それから戦場ヶ原に、頷いてみせる。

「わかったわかった。そういうことなら、もう何も言わないさ。じゃあ、確かに受け取った。

今度、忍野に会ったときにでも、ちゃんと責任を持って、渡しておいてやるよ」

「よろしくお願いするわ」

「うん」

そして、僕は思った。

相性。

物腰。

性格。

あの後輩、神原駿河の、何とも形容のし難いあの新機軸のキャラクターは――そのまんま、

戦場ヶ原のキャラクターの、裏返しなのではないだろうかと。相性や、物腰や、性格、それ

に、それ以外の全てを含んで――

戦場ヶ原は中学時代、陸上部のエースだった。

それだけでなく、憧憬の対象だった。一身に集めていた尊敬の目線は――当然、神原のもの

だけではなかっただろう。そういう位置づけで、そういうキャラクターを演じていたのだろう

――暴言や毒舌を撒き散らす、今の姿とは、多分、正反対のキャラクターを、演じていたのだ

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ろう。

暴言と甘言。

毒舌と褒舌。

正反対。

裏返し。

それはつまり。

「では阿良々木くん」

戦場ヶ原は感情のこもらない眼で言った。

「勉強を続けましょうか。知っている? 有名な、トーマス?エジソンの言葉。天才は九十九

パーセントの努力と一パーセントの才能である、って。さすが天才、いいこと言うわよね。で

もきっとエジソンは、一パーセントの方が大事だと思っていたに違いないのでしょうね。人間

と猿とを分ける遺伝子の違いって、そのくらいだって言うわよね?」

004

戦場ヶ原は二年間――そして僕は二週間、である。

羽川はゴールデンウィークの間中。

八九寺は、どうだろう、正確には不明。

何かといえば、それは、怪異に触れていた期間である。普通ではない体験をした時間――

だ。普通ではとてもじゃないがありえない、恐るべき体験をした、期間と時間。

たとえば阿良々木暦。

僕の場合。

僕はこの現代、二十一世紀の文明社会の世の中で、穴があったら入りたいほど恥ずべきこと

に、古式ゆかしき吸血鬼の被害にあった――血も凍るような恐怖と恐慌の、そして伝統と伝説

の吸血鬼に、身体中の血液という血液を、搾り尽くされた。

搾り尽くされ、乾涸びて。

そして僕は吸血鬼になった。

太陽に怯え十字架を嫌い大蒜を忌避し聖水を煙たがる、その代償として人間の数倍数十倍数

百倍数千倍の肉体能力を得る、更にその代償として、人間の血に対して絶対的な飢えを感じる

――漫画やアニメや映画の中で大活躍のナイトウォーカーとなった。いやはや、そんなリアル

ほうぜつ

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きひ けむ だいしょう

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な吸血鬼、反則だと思ったものだ。今時の吸血鬼は、日中でも平気で歩いて、十字架のアクセ

サリーを着け、餃子でも食べて聖水でも飲み干して、それでも肉体能力だけはずば抜けて――

というのが主流だろうに。

それでも。

やっぱり、吸血鬼という以上は、人の血を吸わなければならないところだけは、今も変わら

ないだろうけれど。

血を吸う鬼――吸血鬼。

結局僕は、通りすがりのおっさん、別にヴァンパイアハンターでもなければキリスト教の特

務部隊でもなく、同属殺しの吸血鬼でもない、普通の通りすがりのおっさん、軽薄なアロハ野

郎こと忍野メメによって、そんな地獄から救い上げてもらったわけなのだけれど――しかしそ

れで、そんな二週間を送ったという事実自体が、消えてなくなったわけではない。

鬼。

猫。

蟹。

蝸牛。

ただ、それでも僕と、他の三人との間には、決定的な差異があるということを、忘れてはな

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