原の家にまで行かずとも、学校の空き教室や、屋上やグラウン
ド、あるいは学校から外に出ても、その辺りのファーストフード店ででもすればいいと思った
し、実際に神原にもそう言ったのだが、神原としては、僕との話は自分の家でしたい理由があ
るようだった。
理由があるのなら、従うまでだ。
聞くまでもなく。
「何から話したものかな、阿良々木先輩――なにぶん私はこの通り口不調法なもので、こうい
う場合の手順というのはよくわからないのだが、まあ、とりあえずは」
神原はさっと脚を組み直して、ぺこりと、僕に向かって頭を下げた。
「昨夜のことを、謝らせてもらおうと思う」
「……ああ」
僕は、一日経って回復した――しかしそうはいってもまだ疼痛が残っているような気がす
も
とうつう
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る、腹部を撫でるようにしてから、頷いた。
「やっぱり、あれは、お前だったのか」
雨合羽。
ゴム手袋、長靴。
さっき、片付けた衣類の中に――混じっていた。
言うまでもなく。
「やっぱりなどと、歯がゆい言い方をするのだな、阿良々木先輩は。奥床しい人だ。完全に見
抜いていたのだろう? そうでなければ、阿良々木先輩の方から私を訪ねてくるはずがないか
らな」
「別に……あてずっぽだよ。体格とか、輪郭とか、シルエットとかでの判断……僕が勉強会で
戦場ヶ原の家に行くことを知ってた奴とか、そういう条件から絞った上で検索をかけて、そう
考えれば、な……、まあ、お前を訪ねていったところで、間違っていたら間違っていたで、何
か問題があるわけじゃないし」
「ふむ、なるほど。卓見だ」
本気で感心している風の神原。
「男子の中には腰の形で女子を判別できる者がいるというが、そういう類の話だろうか?」
「全然違うわ!」
雨合羽の上から腰の形なんてわかるか!
「すまなかった。あんなつもりは、なかったんだ」
神原は、改めて、頭を下げた。
それは――誠意のこもった謝罪だったように思う。
けれど、あんなつもりはなかったって……じゃあ、どんなつもりだったというのだ? 明ら
かにあれは、僕を狙っての――しかし、それすら、そうでないということなのだろうか?
「……いや、謝ってもらっても、僕が知りたいのは、むしろ理由の方なんだけど。いや、理由
は――ともかく」
その理由は。
決して思い当たらないわけでもない。
この場面においてあえてそんなことは言わないけれど、それこそが、まず神原を、あの雨合
羽の正体だと連想した、その契機、取っ掛かりだったのだから。
しかし――
「ともかく、あの力、怪力のことを――」
怪力。
たっけん
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怪異。
自転車を紙屑のように壊し。
ブロック塀を一撃で崩し。
そして、人間を――
「聞きたい――んだけど。一体、お前……」
「ううむ。何から話したものかというなら、やはりその辺りからか。そうだな、しかし……阿
良々木先輩は、突拍子もないことを、信じることができるタイプの人間かどうか、最初に質問
しておきたいのだが」
「突拍子もないこと?」
と言えば――ああ、なるほど、そうか。
神原は、僕の身体のことを知らない。元不死身の、僕の身体のことを――昨晩のことにし
たって、受けた被害が被害だっただけに、目に見える速度で怪我が回復したわけではないか
ら、それが知れるわけもない。だからこその前置きか――いや、そうじゃない。
神原は、僕のことは知らなくとも、戦場ヶ原のことを知っている。戦場ヶ原の突拍子もない
秘密を、僕よりも先んじて、知っている。だから――戦場ヶ原の恋人であるところの僕が、そ
の突拍子もない秘密を、知らないわけがないと思っているはずだ――つまり、今、まさに、僕
は神原から、探りを入れられているということなのかもしれない。
「わからないだろうか? つまり、阿良々木先輩は、自分の目で見たものを、信じられるかど
うかという意味の質問なのだが」
「僕は自分の目で見たものしか信じないよ。だから、見たものは全部、信じてきた。戦場ヶ原
のことも、勿論な」
「……なんだ、そこまでバレていたのか」
言われても、さして悪びれる風もなく、後ろめたさもそれほど感じさせずに、神原は、「し
かし」と言う。
「誤解しないで欲しい。私は、戦場ヶ原先輩とのことを知りたくて、ここ最近、阿良々木先輩
について回っていたというわけではないんだ」
「え……? そうなのか?」
それは――てっきりそうだと思っていたのだが。
阿良々木暦と戦場ヶ原ひたぎが付き合っているという噂の真偽を確かめようとしていたん
じゃ――ないのか? それで、昨日、僕が一人で、戦場ヶ原の家を訪ね、一対一での勉強会を
行うという話を聞き、確信を得たんじゃ――ないのか?
いや、それはそうなのだろうけれど。
とっぴょうし
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その読みに狂いはないと思うけれど。
ストーキング自体には別の理由があったとでも?
「バスケットボール部のお前と陸上部の戦場ヶ原とで、合わせてヴァルハラコンビって、呼ば
れてたんだろ?」
「ああ、その通りだ。そんなことまでよく知っているな、阿良々木先輩、おみそれしたぞ。こ
れまでだってできる限り高く評価していたつもりだったが、私はそれでも阿良々木先輩のこと
を侮っていたようだ。とてもじゃないが、阿良々木先輩は私の価値観で測れるような大きさで
はないな。知れば知るほど、遠く感じてしまう」
「……人に聞いただけだけどな」
これだけあからさまな美辞麗句を並べても、全然腰巾着や太鼓持ちに見えないってのは、あ
る意味芸術作品だよな、こいつ。
「由来も聞いたよ。よく考えられた通り名だよな」
「そうだろう。私が考えたのだ」
誇らしそうに胸を張る神原だった。
……自分で考えていた。
こんな切ない気分、本当に久し振りだな……。
「一生懸命考えたものだぞ。ちなみに私個人のニックネームとしては、『ガンバルするがちゃ
ん』というのを考えたのだが、残念ながらそちらは定着しなかった」
「僕も今とても残念だよ」
「そうか。同情してくれるのか」
ああ。
お前の感性
にな。
「情け深いんだな、阿良々木先輩は。まあ、言われてみれば、呼びかけるには少し長いニック
ネームだったからな、仕方なかった」
「反省点はそこじゃない気もするけどな」
どうやら、中学時代の神原は、とてもいい仲間に囲まれていた模様だ。
当時の戦場ヶ原も含めて……。
「まあ、そうなのだ。ヴァルハラコンビはおいておいて、阿良々木先輩はかなり察しがよいよ
うだから、こんな説明、ひょっとしたら鬱陶しいだけかもしれないが、戦場ヶ原先輩と私は、
中学時代に――いや、その話をするよりも先に、先に見ておいてもらいたいものがあるのだっ
た。そのために、わざわざ阿良々木先輩に、貴重なお時間を割いていただき、私の家にまでご
足労願ったのだからな」
あなど
こしぎんちゃく たいこ
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「見ておいてもらいたいもの? ああ、なるほど。それが家にあった