う。
戦場ヶ原が助かったのは、戦場ヶ原のお陰だよ。あいつが一人で、勝手に助かっただけなん
だ」
そういうことなのだ。
めぐ
じせい はつらつ
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僕や忍野のしたことなど、たかが知れている。
揺るぎ無く、それだけのこと――
「そうか……そうなのかもしれないな。でも、一つ聞かせてくれ、阿良々木先輩」
「なんだ?」
「戦場ヶ原先輩が阿良々木先輩に惹かれた理由はわかった。嫉妬や失望が、それには不釣合い
なのだということも……うん、わかったつもりだ。でも、阿良々木先輩は戦場ヶ原先輩の、ど
ういうところに惹かれたのだろうか? 二年以上、ただのクラスメイト、口も利いたことのな
いただのクラスメイトだったというのに」
「それは……」
正面切って訊かれると、答えにくい。照れくさいというのもあるが、それ以上に、そんな風
に明確な理由なんて、求められても……ただ、あの日、母の日の公園で――
ああ、そうか。
なるほど。
この後ろめたさの正体は、それなのか。
「……どうして、そんなことを訊くんだよ、神原」
「うん。つまりだな、もしも阿良々木先輩が、戦場ヶ原先輩の身体が目当てなら、私が代われ
ると思うのだ」
「………………」
とんでもない申し出を受けた。
右手と包帯の左手で、ぎゅっと自分の胸をわしづかみにし、寄せて上げる仕草をする神原。
制服姿のままなので、それが不謹慎なほどアンバランスに相まって、異様なほど艶かしい雰囲
気を漂わせる、蠱惑的なポーズだった。
「私はそこそこ可愛いと思うのだ」
自分で言いやがった。
「髪の毛を伸ばせばもう少し女の子らしくなると思うし、肌ツヤも綺麗に保っている。それ
に、うん、昔からスポーツをやっているからな、ウエストの辺りなんかほどよくくびれて、引
き締まったいい身体をしているのだ。男好きのする素敵なボディだと、言われたことがある
ぞ」
「それを言った奴を連れて来い、殺してやるから」
「部活の顧問だ」
「世も末だな!」
「殺されては困る。出場停止になってしまう」
ふつりあ
ふきんしん なまめ
こわくてき
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神原は、どうなのだ、と僕に重ねて問う。
冗談で言っているわけではないらしく、そして冗談半分でも冗談交じりでもないらしく、真
剣そのものの剣幕で、執拗に、神原は僕に、イエスかノーかの二者択一を迫ってくる。
「私の覚悟は本物だぞ。阿良々木先輩が求めるのなら、いつでもどこでも、阿良々木先輩の攻
めを受け切るつもりはある」
「攻め!? 受け!? なんで僕がそんなもんを求めなくちゃならないんだ!?」
「ん? ああ、そうか。阿良々木先輩はBLの素養がないのか。意外だな」
「後輩の女子とBLの話とかしたくねえよ!」
「ん? BLとはボーイズラブの略だぞ?」
「知っている! そこで勘違いはしていない!」
ああ、気付いてはいたさ。
神原の部屋を片付けたとき、散らかっている書籍の中に、いかにもそういうジャンルの表紙
のものが大量に混じっていたことくらいは!
でも、敢えて触れなかったのに!
見なかったことにしたのに!
「勘違いはしていないのか。反応からして、てっきりそうだと思ったのに。ならば、阿良々木
先輩は今、一体全体何に怒っているのだろう? 私は阿良々木先輩の気分を害するようなこと
を言ったつもりはなかったのだが、ひょっとして、阿良々木先輩は受けなのか?」
「この話はもう終わりだ!」
「私はネコだから、攻めにはなれない」
「ん……? え、わからなくなったぞ?」
猫?
踏み込んではならない領域に入ってないか。
薄氷を踏むような会話をしている気がする。
「大体、神原、男と女でどうしてBLを演じなくちゃいけないんだ。全くと言っていいほど必
然性がないだろうが」
「しかしな、阿良々木先輩。私は、処女は戦場ヶ原先輩に捧げたいと――」
「聞きたくねえ!」
薄氷は割れて、会話は水没した!
戦場ヶ原ひたぎと神原駿河、お前ら二人がかりで、僕の女性幻想を完膚なきまでに破壊しよ
うとしてんのか! 今確信した、僕の危機管理意識が断言した、お前ら間違いなく、先輩後輩
の旧知、ヴァルハラコンビだよ!
しつよう
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幸せが大挙をなして、抜き足差し足忍び足、駆け足早足急ぎ足で、足並みを揃えて逃げてい
くのを全身でひしひしと感じつつ、深くため息。
ああ……もう本当、身体目当てとかなんとか、弾性に富んだわがままで男好きのする素敵な
ボディとかなんとか、精神が磨り減り身を削るような際どい会話ばっかりだ……あいつはあい
つでおませさんだけれど、それでも昨日の八九寺との会話は、変にすれてなくて本当に楽し
かったよなあ――なんて、小学生との会話を懐かしむ僕だった。
末期症状である。
「恐れながら、差し出がましいことを言わせていただくが、阿良々木先輩。後輩の女子とお下
劣な会話を楽しめないようでは、社会に出てからやっていけないと思うぞ? 女性幻想など、
早めに捨てておいた方が正解だ」
「それこそ後輩の女子に諭されたくないよ」
それから、お下劣という言い方もどうだろう。
他の言い方をすればいいというわけでもないが。
「そうは言ってもな、阿良々木先輩。しつこいようだが、実際問題、そのような薄っぺらい女
性幻想に基づいて貞淑であることを求められても挨拶に困るぞ。仕方あるまい、女の子だって
エッチな話に興味があるのだ」
「はあ……」
それはそれで、別の女性幻想をかきたてられるエピソードなのだけれど……戦場ヶ原とかお
前とかの場合、そういうのとはまた境遇が違うと思うんだよなあ。
「さあ、それでは、阿良々木先輩はブリーフ派かトランクス派かという話を続けようではない
か」
「そんな話をしてはいなかったぞ!?」
「あれ? 私がスパッツの下にパンツを穿いているかどうかという話だったか?」
「穿いてないんですか、神原さん!?」
動揺のあまり、丁寧語になってしまった。
「じゃ、じゃあ、その、スカートからはみ出しているスパッツの下は……!」
「たとえそうだったとしても驚くほどのことではないだろう
。スパッツというのは元々肌着の
一種だからな」
「だったら尚更、より一層だ! 常にパンツ見せびらかしながら生活してるようなもんじゃね
えか、それ!」
しかも、お前……走ってるときとか飛び跳ねてるときとか、まにまにめくれまくってたぞ、
そのスカート!
けず
さと
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「ふむ。そう言われればその通りなのだが、まあその辺りは、さしずめスポーツ少女からの小
粋な贈り物といったところだな」
「違う、露出狂の変態的行為だ!」
「ああそうだ、思い出した、そんな話もしていなかったぞ。私が戦場ヶ原先輩の代わりになれ
るかどうかと――」
「待て、ことの真相をはっきりさせないままに話を戻そうとするな! 本当は穿いているの
か、それとも本当に穿いていないのか、ちゃんと明言するんだ!」
「そういう下卑た事情は割愛しようではないか、阿良