第83章

々木先輩。些細なことだ」

「些細じゃねえ、僕の後輩がスポーツ少女か露出狂かの分水嶺だ!」

エッチかどうかはともかく。

至極、どうでもいい話が続いている。

「そうだな。では、こう考えたらどうだろう。スポーツ少女でもありまた露出狂でもある。ス

ポーツ少女だと思う者にはスポーツ少女であり、露出狂だと思う者には露出狂なのだ」

「言葉で遊ぶな! 『○○でもあり××でもある、○○だと思う者には○○で、××だと思う

者には××だ』っていう台詞が格好いいのは中学生までだ――お前は僕の妹か!」

どうでもよさもここに極まった。

これ以上ないどうでもよさだ。

「……でもな、神原。真面目な話、どんなに頑張ったところで、お前じゃ、戦場ヶ原の代わり

にはなれないよ」

「…………」

代わりにはなれない。

別に、このことだけを言っているのではなく。

「お前は戦場ヶ原じゃないしな。誰かが誰かの代わりになんてなれるわけがないし、誰かが誰

かになれるわけなんかねーんだよ。戦場ヶ原は戦場ヶ原ひたぎだし、神原は神原駿河なんだか

ら。いくら好きでも、いくら憧れてても、いくら憧れても」

「……そうだな」

沈黙の後、頷く神原。

「阿良々木先輩の言う通りだ」

「ああ。じゃ、無駄口叩いてないで、もう行こうぜ。ていうか、いい加減そのポーズを解除し

ろ。さっきから僕が自分の胸を揉みしだいている女子高生と会話している奴になっている。こ

んなシュールな絵はねえよ」

「む。それは気付かなかった」

げび

ぶんすいれい

しごく

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「気付け」

色んなことに、早く気付け。

「本当に早くしないと、そろそろ日が暮れてしまいそうだな――夜になったらやばいんだろ?

その左手」

「うん。逆に言えば、日のある内は問題がないということだ。少なくとも、あと数時間くらい

は確実に大丈夫だな」

「そっか……活動時間が夜だけだっていうのは、なんとなく、僕としては吸血鬼を思い出さざ

るをえないな……」

ビルディングを囲む金網に沿うように神原と一緒に歩いて、そこに大きく開いた穴を見つけ

る。三週間前、戦場ヶ原と共に、この穴をくぐったのだ――今回は、その後輩の、神原と一緒

に。

縁もゆかりもありやしないと思っていたけれど。

こうなるともう、合縁奇縁だ。

袖すり合うも、何とやら。

「足元、気をつけろよ」

「うん。ご親切にどうも、だ」

ぼうぼうに生え放題の草をかきわけるようにして、後ろを来る神原が歩き易いように道を整

えながら先へ進み、しかし、今からこの有様だと、夏場には一体どうなってしまうのだろうか

と考えながら、崩壊寸前の、ともすれば崩壊後とすら見えてしまいそうな、学習塾に、入る。

散らかりっぱなし。

コンクリートの欠片だったり空き缶だったり看板だったり硝子だったり、なんだかわからな

いものだったりが、散らかりっぱなし、散らばりっぱなし。電気が通っていないから、夕方の

段階で既にほの暗い建物内は、普通に見るよりもずっと、朽ち果てているように見える。忍野

も、暇なのだったら、せめて建物の中だけでも綺麗にしておけばいいのに、と思う。こんなと

ころで暮らしていて、ブルーにならないのだろうか。

まあ、それでも神原の部屋よりは幾分マシか……。

戦場ヶ原はこの建物の散々な有様具合、忍野の自堕落ぶりに眉を顰めていたけれど、神原な

ら、その心配はないな……。

「汚い。酷いな、これは感心しないぞ。ここで暮らしているというのなら、忍野という人は、

どうして掃除をしないのだろう」

「…………」

変なところで他人に厳しい女だった。

あいえんきえん

かけら

ひそ

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というか、こいつ、ひょっとしたら自意識っていうのが、あんまりないのかもしれないな…

…。自分に自信があるからこその堂々とした態度だと思っていたが、案外、そういった側面も

あるのかもしれなかった。

それは、戦場ヶ原とは違うところだ。

あの女の自意識は、異常である。

忍野がねぐらにしているのは、主に四階。

薄暗い中――僕は歩く。

入り口から離れるに連れて、どんどん闇は深くなる――不覚だった、もう僕は何度も来てい

るのだから、懐中電灯くらい、持ってくればよかった。戦場ヶ原に託された、十万円の入った

封筒は、持ってきたのだけれど――つまり、今日は最初から、神原の話がどうであれ、ここに

は来るつもりだったのだから、それなら、それくらい気を回してもよさそうなものだったの

に。

でもなあ。

時と場合によるけれど、僕、今はもう、あんまり、暗いのとか、平気だからな……ついつ

い、そういう当たり前のことを、失念してしまう。

吸血鬼だった頃の、名残、というか。

「…………」

階段に辿り着いたところで振り向くと、神原の足取りは、非常に、おっかなびっくりの、ふ

らつき調子だった。かなり危うい、暗いのは苦手らしい。普段、気丈なスポーツ少女であるだ

けに、尚更その歩調が危うく、心細く頼りなく、見えてしまう。そのまま階段を昇れというの

は、こうなると酷かな……左手はともかくとして、こんなことで、大事な足でも怪我をした

ら、ことだしな……。前に戦場ヶ原をここに連れてきたときは、そうだ、手を繋いでやったも

のだけれど……。

戦場ヶ原と初めて手を繋いだのは、あのときだ。

うーん……しかしどうしたものか。自転車の二人乗りを神原が辞したのは、その辺りのこと

を考えてというのもあるのだろうし、考えてみれば僕にしたって、戦場ヶ原における浮気の基

準の厳しさは、昨日この身をもって教えてもらったところだからな……。

「おい、神原後輩」

「なんだ、阿良々木先輩」

「右手を前に伸ばせ」

「こうか?」

「よし。合体だ」

やみ

なごり

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その手の先をつまむようにして引っ張って、そのまま僕の学生服のスラックスに通した、ベ

ルトを握らせた。

「こっから階段だから。つまずかないようにな。ゆっくり昇るからさ、気をつけろ」

「…………」

いくらなんでもこのくらいの物理的接触ならば、戦場ヶ原規格でも浮気にならないだろうと

いう、名案だった。我ながら、滅茶苦茶詭弁臭かったが、これで戦場ヶ原に対しては、とりあ

えずの言い訳が立つ。

「優しいんだな、阿良々木先輩は」

神原は、まるでベルトの強度を確認でもするかのように、ぎゅっと握って引っ張るようにし

ながら、そう言った。

「よく言われないか? 優しくていい人だと」

「そんな無個性を取り繕うみたいな言葉、よく言われたくねえよ」

「暗がりの案内一つに至るまで、私や戦場ヶ原先輩との関係に気を使ってもらえるなど、心底

有難いばかりだぞ。心遣い痛み入る、憎い計らいとはこのことだ」

「……思惑はバレバレなのか」

鋭いなあ。

普通、わからないだろ、そんなの。

ていうか、わかったならわかったで、わざわざ言うなよ、そんなこと……滅茶苦茶決まりが

悪いじゃないか。茶化した風を装った分だけ、かなりいたたまれない。

「阿良々木先輩。一つ、訊きたいのだが」

「なんだよ。受け攻めの話以外なら、な

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