んびに
違う女の子を連れているなあ――全く、ご同慶の至りだよ」
ひび
しさい
うさん
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「うるせえ。同じ台詞を何度も言うな」
「そんなことを言われても、同じシチュエーションなんだからしょうがないじゃないか。引き
出しが少ないんだよ、この僕は。ん? しかも、また前髪直線の女の子だね。制服からすると
同級生かい? 阿良々木くんの高校は、校則で髪型が規制されているのか? そりゃ随分と古
めかしい制度が残っているんだね、興味深い」
「そんな校則はねえよ」
偶然だ。
というか、ロングとショートの違いはあるとは言え、戦場ヶ原と神原との髪型がかぶってい
るのは、神原が戦場ヶ原の真似をしているからだろうと思う。戦場ヶ原の髪型の理由は知らな
いけれど、羽川は、まあ、真面目の象徴として、なのかな。そんなところだろう。
「じゃあ、やっぱり阿良々木くんの好みなのか。ふーん。ならば阿良々木くん、今度、忍ちゃ
んの髪も、切っておいてあげるよ。あいつはほとんど伸ばしっぱなしだからな、散髪するには
いい頃だろう。だから次はワンレンの女の子を連れてきて欲しいなあ、阿良々木くん。無駄か
もしれないけれど、希望を出しておくよ」
「……忍なら階段で見かけたぜ。なんであいつ、あんなところにいるんだ?」
「ああ、おやつのミスタードーナツを、僕が一個多く食べたら、忍ちゃん、拗ねちゃってさ。
昨日からずっと、あんな調子なんだよ」
「…………」
どんな吸血鬼だよ。
そしてお前もどんなおっさんだよ。
「涙を呑んでポン?デ?リングは譲ってあげたというのに、いやはや、心の狭い忍ちゃんだ
よ、本当に。量より質って日本語を教えてあげた方がよさそうだな」
「どうでもいいよ……心底どうでもいいよ。あと、忍野、一つ訂正があるんだけど。こいつ、
同級生じゃない。よく見ろよ、戦場ヶ原や羽川とは、スカーフの色が違うだろ? 一個下の後
輩で、名前は、神原駿河。『かんばる』は、神様の『神』に原っぱの『原』、『原』って書い
て『ばる』って読むんだ。駿河は……えっと」
あれ。
漢字はわかるけれど、その説明は難しいな……。
国語が苦手な阿良々木暦の本領発揮だ。
「駿河問いの駿河だ」
神原が助け舟を出してくれた。
よかった……とはいえ、駿河問いってなんだ? 知らない言葉だけれど、問いってことは、
はっき
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有名なクイズか何かのことなのだろうか? スフィンクスの問いかけみたいな、なぞなぞめい
た……。
「ああ、駿河問いね。わかったわかった」
合点とばかりに、頷く忍野。
ちぇ……忍野が知らなかったら、黙っているだけで説明を受けられたはずなのに……僕は軽
く舌打ちをしてから、それでもわからないままというのは気持ち悪かったので、神原に、
「駿河問いって何だ?」
と質問した。
「有名な江戸時代の拷問法だ。人間の手足を後ろで一まとめにして天井から吊るし、背中に重
い石を載せた上で、ぐるぐる回すのだ」
「自分の名前を拷問で語るなよ!」
「一度、受けてみたい拷問の一つだな」
「………………!」
百合でBLでネコで受けでロリでマゾなのかよ!
ありえない組み合わせだろ、それ……。
我が校のスターは、ちぐはぐな噂を流すまでもなく、人格が破綻しているようである。
言葉を失った。
「ともかく、神原駿河だ」
そんな会話で緊張が解けたのか、ようやく、僕のベルトから手を離して――隠していた半身
も忍野の前に晒し、そして、例の堂々とした自信たっぷりの迷いのない態度で、右手を胸の前
に、神原は名乗った。
「阿良々木先輩の後輩だ。初めまして」
「初めまして。忍野メメです、お嬢さん」
神原がにこにこしているのに対して――
忍野はにやにやしている。
にこつくのとにやつくの、字面上は一字違いの似た印象だが、しかし、傍で見ているこの身
としては、受ける印象は全然違う、むしろ対極といってよかった。笑顔って、ただ笑顔であれ
ばいいだけじゃないんだなあと、痛感させられる。忍野も忍野で爽やかな笑い方ではあるのだ
が、こいつはなんだか、爽やか過ぎて、逆に不快なのだ。忍野の場合、造形の全てが嘘っぽく
仕上がっているのである。
「……ふうん。阿良々木くんの後輩ってことは、ツンデレちゃんの後輩でもあるんだね」
まるで神原の背中を見ているかのような、焦点をずらした遠い目線で、忍野はそう言った―
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―それは単純に、戦場ヶ原が僕と同じ三年生だから、当然神原は戦場ヶ原の後輩でもある、と
いう意味では、なさそうだった。
勘繰り過ぎかもしれないけれど。
「忍野――とりあえず、まずはこれ、渡しとくよ。そのツンデレちゃん、戦場ヶ原からだ」
「ん? なんだい、その封筒? ああ、お金ね。お金お金。よかったよかった、そろそろ生活
に困ってきていたんだよ。これで梅雨まで凌げるさ。雨さえ降ってくれれば、なんとか喉の渇
きを癒せるから、それまでの我慢だと思っていたんだけれど」
「多感な少年少女に嫌な話を聞かせるな」
そんな苦境の中でこいつらはミスタードーナツを取り合っていたのか……そりゃ忍も拗ね
ちゃうよ。吸血鬼とはいえ、あいつは元々、貴族の血筋だろうが。それが今や、こんな廃墟の
中で汚らしい中年のおっさんとの同居生活とは、まさに落ちるところまで落ちたという感じだ
な……その原因の一端を担っていると思うと、僕としては、複雑な心境だけれど……。
封筒の中身を、忍野はチェックする。
「うん、十万円、確かに。これで僕とツンデレちゃんとの間には、貸し借りなしだ。直接渡し
に来ずに阿良々木くんを通すところなんて、好感が持てるじゃないか。ツンデレちゃんは、ど
うやら、ものの道理を弁えているようだ」
「? 逆じゃないのか? 直接渡した方が、謝意っていうか、誠意っていうか――」
「そういうのはね、示そうが示すまいが、おんなじなんだよ。まあ、そういう議論を阿良々木
くんとするつもりはないさ、水掛け論もいいところだ。で――そのお嬢ちゃんは、何なのか
な?」
忍野は気楽な調子で、封筒をアロハのポケットにぐしゃぐしゃに突っ込んでから(折角のピ
ン札が台無しだ)、顎をしゃくるようにして、神原を示す。
「まさか僕に可愛
らしい後輩を紹介してくれるためだけに、連れてきたってわけでもないだろ
うし。それとも、阿良々木くんは単純に、可愛らしい後輩を僕に見せびらかしに来たのかな?
もしそうだとしたら、僕は阿良々木くんという男を、甘く見ていたことになるんだけれど……
はっはー、そりゃあいくらなんでも、考えにくいよねえ。となると――ん、ああ、その包帯か
な? へえ……」
「忍野さん。私は――」
神原が何かを言いかける。
それを、忍野は、制するように、ゆっくりと手を振った。
「順番に聞こうか。あんまり楽しい話じゃなさそうだ。腕に絡む腕話は、いつもそうなんだ
よ、この僕の場合はね。ましてや、それが左手ともなると、もう尚更さ」
つゆ しの かわ
あご
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