いん
えんこん
じや
っき
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そう、裏を見る。
無意識の願望を、見抜く。
見透かす――悪魔。
身を引いた自分に後悔はなくとも――その位置に誰かが来ることを、許せなかった。誰かが
その位置に来るなら、自分でもいいはずなのに――だったら、私でもいいはずじゃないか。
レイニー?デヴィル。
古くからヨーロッパに伝わる悪魔。
多く、雨合羽を着た猿の姿で描かれる。
その意味では、一応、その左手のことを猿の手と言っても正解なのだろうけれど――とにか
く、一つ目も二つ目も、願い自体は、無意識に、明に暗に、神原が望んだことだったのだ。
自分をからかう同級生を。
そして僕を。
小学生のときの同級生が怪我程度で済んで、僕が殺されかけたのは、つまり、神原の想いの
差だったのか……ネガティヴな気持ちの量の差だったのか。神原の運動神経の成長云々も、勿
論要因遠因としてはあるのだろうけれど、しかし、それ以上の精神的なものも、あったという
ことだ。
まあ、しかし、忍野の言う通り。
僕の考えが足りなかったのかもしれない。
本当に神原が、レイニー?デヴィルに『戦場ヶ原のそばにいたい』と願ったのなら、それで
神原が、僕の身の安全を気にするのは、おかしい――小学生のときのエピソードを聞けば、暴
力的な左手が阿良々木暦を排除しようとするのはわかる。けれど、どうだろう、神原の立場か
ら、それが確実に起こると、どうしてわかるのだろう? 左手がどんな風に願いを叶えるの
か、どんな風に意に添わない形で願いを叶えるのかなんて、本当のところ、わかるわけがない
のに。
無意識に願ったことを無意識に知っていたから。
僕の身が危ないと、知っていたから。
怪異が自分の左手と同化して、すぐに雨合羽の化物が僕の前に姿を現さなかったのは、それ
でも神原が、その衝動を、抑えていたからだろうと、忍野は言った。ぎりぎりのところで軋轢
を起こし、鬩ぎあっていたのだろうと。
「頑張って足を速くしたなんてのは、自分に対する言い訳としては最たるものだよね。自分で
願いを叶えたから、木乃伊は何もしないんだ――なんて、ちゃんちゃらおかしいよ。お嬢ちゃ
ん自身、そう信じていたんだろうけれど、信じていたかったんだろうけれど、そしてそれは、
あつれき
せめ
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決して間違いではなかったけれど、でも、レイニー?デヴィルが暴力によって叶えた願いは、
表じゃなくて、あくまで裏だったんだ。でも、そんな風に自力で全てを何とかしてきたお嬢
ちゃんの姿勢が、今回はいいように作用したってことさ……怪異は腕に同化したけれど、それ
が発動するのを、抑えることができた。そういう意味では、この種の怪異はアイテムみたいな
ものなんだよ、確かに。持ち主の意識に左右される……まあ、現実的なことを言っちゃえば、
悪魔とはいえこの場合は片腕だけだから、レイニー?デヴィルもそこまでの力を発揮できない
ということもあるんだろうね。意識を凌駕できるほどの無意識を、引き出すことはできなかっ
たということさ。要するに、お嬢ちゃんが阿良々木くんの身体を気にしている内は、左手は発
動しなかったということだ。四日前からの、お嬢ちゃんのストーキングは、きちんと効果を発
揮していたということだよ。お嬢ちゃん自身は、そんな風には思ってなかったとしてもね、全
ては無意識の内のことだから。けれど――昨日かい? お嬢ちゃんは、勉強会とか言って、阿
良々木くんとツンデレちゃんが、二人きりで会うことを知ってしまった。それまではあくまで
噂でしかなかった、ひょっとするかも[#底本「ひょっとするうかも」修正]しれなかった、
二人の付き合いに、とうとう確信を持ってしまった。それで――我慢できなくなった。阿良々
木くんの推測通りだよ」
心の隙間を悪魔に付け入られた。
とは、忍野は決して言わなかったけれど。
そういう甘えた弱さを、忍野は徹底して嫌うから。
でも――
最初から嫉妬で、最後まで嫉妬だったと、ちゃんと神原は――言っていた。
言っていたんだ。
「ん、そろそろだろ」
僕の血液を、たっぷり、リミット寸前まで吸い取ってもらったところで、僕は忍にそう言っ
て、抱き合うような形になっていた、彼女の小さな背中を、軽く、ぽんぽんと叩いた。忍は、
僕の首筋に開いた二つの穴からそっと牙を外して――その際少しだけ零れた血液を、ぺろりと
綺麗に、舌で舐めとった。こうして忍と抱き合っていることも、戦場ヶ原にしてみれば浮気の
範疇に入るのかどうかということを、これからは考えなくてはならないのかもしれないが、し
かし、この作業はこの形にならないと不可能だから、なんとか勘弁してもらうしかない。春休
みならいざ知らず、今の忍の体躯は本当に小さくて、それに頼りなくて、こうして抱えていて
も、まるで霧か霞でも抱きしめているかのようで、まるで手応えなんてないのだから。
「……と、と」
しゃがみ込んだ姿勢から立ち上がって――少しふらつく。やっぱり、当たり前なのだけれ
りょうが
たいく
きり かすみ
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ど、吸われた直後は、貧血にも似た症状が現れるな――特に今回は、与えた量が多かった。
デフォルトの五倍近い。
ぴょんぴょんと、軽く跳ねた。
まあ、そうはいっても僕自身の感覚?体感は、実のところあんまり普段と変わらないんだよ
な、これ……全てのパラメーターが全体に底上げされてしまうわけだから、ノーマルの状態と
の違いが、厳密には、よくわからないのだ。
忍は、もう、体育座りの体勢に戻っていた。
体育座り……それは、両腕で自分の身体を確かめるように、抱きかかえるような、座り方。
僕の方を見もしない。
「…………」
優しくていい人――か。
僕がいくら自分のことを、優しいわけでもいい人なわけでもないと言い張ったところで、現
実問題、その被害を一番食ったのは、やっぱり、この金髪の吸血鬼なんだよな……忍野があん
な風に言いたくなるのも、無理はないか。
僕がどうとか言うより、忍にとっては……。
ゴーグルのついたヘルメットを上から鷲づかみにして、ぐりぐりと、左右に揺すってみた。
忍はそれでもしばらくは、無視するように反応しなかったが、その内本気でうるさくなったの
か、乱
暴に、僕の手を振り払った。
うん。
僕は、それにとりあえず満足し、何も言わず、忍野の主義を真似るように、別れの言葉も口
にせず、忍に背を向けて、階段の踊り場から、三階へと降りた。今度忍に会うときは、D-ポッ
プあたりをお土産に持って来ようと考えながら、三階を経由して、そのまま二階へ。
向かって廊下の奥の教室の扉の前で忍野メメは腕組みをして、壁にもたれ、気楽そうに片足
をぶらぶらさせながら、待っていた。
「お。待ちかねたよ、阿良々木くん。思ったより時間がかかったみたいだね」
「ああ。ちょっと、ぎりぎりの基準がわかりにくかったからさ。ひょっとすると、少し足りな
いかもしれないけど……でも、飲ませ過ぎるよりはいいだろ。僕にとっても、忍にとっても