第94章

「んー。まあそれは確かにそうなんだけどね、阿良々木くん、忍ちゃんについては、そんなに

神経質になる必要はないよ。僕の名前で存在を縛っちゃってるからね、滅多なことはないさ。

名付けるってのは手なずけるってことなんだから。むしろ餓死の方が心配なくらいだよ。阿

良々木くんはこれから悪魔とくんずほぐれつの大立ち回りを演じなくちゃならないんだからさ

――、そんな気を回している場合じゃないと思うぜ? 演じるのがただの三枚目になっちゃう

わし

がし

326

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

よ。すれすれまで引き出したところで、そんな勝率の高い勝負でもないと思うぜ? いくら相

手は左腕だけだとはいってもさ」

……レイニー?デヴィルへの対処法。

悪魔祓いは本来、とても時間と手間のかかる大仕事であり、いくらレイニー?デヴィルが低

級悪魔だとはいえ、忍野であってもおいそれとはいかないそうだ。本人が言っているだけなの

でその辺りは微妙だけれど――しかし少なくとも、忍野自身が手を出す気は、この場合、ない

のは確かだった。

戦場ヶ原のときとは違い。

戦場ヶ原の蟹も、あるいは、願いを叶えるタイプの怪異だったと言っていいけれど――あれ

は神様で、今回は悪魔である。おいそれとはいかないだろうことは、素人の僕でもわかる。

『神』原で、悪魔か。

暗示というよりはむしろ皮肉だな。

けれど――時間と手間をかけている余裕はない。

さっさとしないと、今晩にも僕の命が失われる。僕が殺されるか神原の左腕を切り落とすか

――前者の答でストーリーを解決させようというほど、残念ながら僕は生きることに執着のな

い人間ではない。そしてそれ以上に、神原の左腕を切り落とすなど、論外だ。

となると第三の選択肢。

「契約か……それで悪魔が大人しく魔界だか霊界だかに帰ってくれればいいんだけどな」

「魔界も霊界も、違う世界じゃなくて、『ここ』のことなんだけれどね――ま、難しい話は、

いつかと似たような議論になっちゃいそうだから、またの機会にするとして。大丈夫だよ、そ

れくらいは保証してあげる、阿良々木くん。契約を果たすことができなければ――契約は無効

になる。クーリングオフじゃないけれど、ちゃんとお嬢ちゃんの願いも無効になるさ。哀れ仕

事を果たせなかった無能な悪魔は、何も言わずに去るだけさ」

悪魔は去る。

契約を果たすことができなければ。

「つまり――僕が悪魔に殺されなければ、か」

「そゆこと」

忍野はへらへら笑って言う。

「勿論、今の阿良々木くんが今の忍ちゃんに限界まで血を与えたところで、たかが知れてるだ

ろうさ……春休みの頃の、実際に阿良々木くんが吸血鬼だった頃の、十分の一くらいの能力し

か発揮できないと思って、それでもまだ己の力を過信し過ぎなくらいだよ」

「……随分な数字だな」

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?

327

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

「でも、あのレイニー?デヴィルは左手だけだからね――相手が全身だったら阿良々木くん

じゃ勝ち目はないけど、それでおまけに人間一人分の『おもり』をぶら提げてるんだから、今

の阿良々木くんでも、十分十二分十四分に勝算はあるさ」

レイニー?デヴィルは、猿の手とは全く違う種類の怪異だ――その属性で共通しているのは

願いを叶えるという部分だけで、雨合羽の悪魔と称されるように、ちゃんと、全身のパーツが

揃った怪異である(この場合、何を全身と定義するかで、また見方も変わってくるのだけれ

ど、それはここでは割愛だ)。それが左手だけで――しかも木乃伊となっていたのは、強固に

『封印』されていたからだろうと、忍野は言った。

「まあ、お嬢ちゃんの母方の家系ってのが、問題だったみたいだね――駆け落ちする羽目に

なったのも、案外、その辺りが原因なんじゃないのかな? ま、勝手な推測で他人の家庭事情

を暴くつもりも覗くつもりもないけれどさ。悪魔の木乃伊なんて、実際、大したもんだ。人魚

の木乃伊とかなら、まだ聞いたことがあるけれどね。ふうむ、まあお嬢ちゃんが受け取った当

時に手首までだったとして、それならば、残りの部分がどうなったのかというのは、個人的に

は非常に興味があるところだな」

母親、か。

戦場ヶ原ひたぎ、八九寺真宵。

それぞれの怪異に――母親が噛んでいた。

神原駿河もまた、その流れを汲むということか。

まあ、どうやら神原の母親も、父親同様に駆け落ちした段階で縁切りされ、神原駿河本人

も、だから母方の実家とは完全に没交渉だったようだから、その辺りは今のところ、どうにも

探りようはないようだが……。

「ちなみに、もしも悪魔の全身のパーツが揃っていたら、どうなるんだ? レイニー?デヴィ

ル。忍の全盛期でも、勝てないくらいなのか?」

「まさか。所詮は低級悪魔だ、本物の吸血鬼に歯が立つわけもない。それこそメフィストフェ

レスを相手取るっていうんだったらまだしも、そんなの、二秒あれば決着だよ。揃った五体を

粉砕され、身体中の体液をすすられて、はいそれまでよだ。忘れちゃったのかい、まして忍

ちゃんは恐るべき伝説の吸血鬼だったんだぜ? 到底敵わないさ、歯が立たないさ。そうだ

ね、レイニー?デヴィルのランクから考えると、まだしも委員長ちゃんのときの色ボケ猫の方

が全然強いくらいだよ。おっと、だからって忍ちゃん本人の力を借りようとしたら駄目だよ?

それでも単純な退治のみならできるかもしれないけれど、そうなると、脅しじゃなくお嬢ちゃ

んの腕を切り落とすしかなくなる。阿良々木くんが退治するから――意味を持つんだから」

「レイニー?デヴィルは、願いを叶えることによって、その人間の身体を乗っ取ってしまうん

? ? ? ?

かつあい

あば

? ? ? ? ?

かな

328

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

試用中

だろう? 願いを叶えてもらうたびに、悪魔に近付いていく……最初は手首までだった木乃伊

が肘の部分まで伸びたのは、悪魔が神原の一つ目の願いを叶えたからってことなんだろうけれ

ど、だったら、どうなんだ? 忍野。もしも僕を殺したいと憎む二つ目の願いと、それから、

何らかの最後の三つ目の願いを叶えたら、神原はどうなっちまうんだ? 乗っ取られるといっ

ても、それなら、精々、乗っ取られて肩のところまでってことなのか?」

「それは過

去に前例がないからわからないと、お役所的な答を返すしかない質問だね。まあ、

でも、順当に考えれば、割合的には阿良々木くんの予想通り、乗っ取られたとしても肩のとこ

ろまでだと思うけれど。だからって阿良々木くん、それは一緒だよ。肩まで乗っ取られたら、

全身乗っ取られたのとおんなじさ。株式会社でいえば、それは全株の三十パーセント獲得され

たようなものなんだから」

「……だろうな」

「魂は、どっちにしろ抜かれちゃうだろうしね。抜け殻の肉体だけが残ってもしょうがない

さ。ああ、鞄とか貴重品とかは預かっといてあげるよ、阿良々木くん。そんなもの持ったまま

じゃ、動きにくいだろう」

上一章 返回目录 回到顶部 下一章