第97章

、尚更だ。

「……しまった」

露骨に足枷をつけたり、足を縛ったり、前段階で神原の身体にそのようなウエイトを付属さ

せる案は、戦略上、あるいは目的上、却下せざるを得なかったが――けれど、長靴くらいなら

ば、ハンデとして、十分にありだったじゃないか……どうして雨合羽が百パーセント力を発揮

できるような状況を、こっちからわざわざ演出してしまったんだ。本来単純な、足手まといな

らぬ左手まといなはずの『おもり』である神原駿河の身体が、随分と軽快に、左腕に付属して

いる!

うう……。

僕は本当に詰めが甘いな……。

こうなってしまえば、避けるだけじゃ駄目だ……今の状態で、ぎりぎりかわせるかどうか、

ぎりぎり避けきれないというような割合だったらならば、この身体はダメージが蓄積すること

がないから、格闘ゲームのように削り殺しにされるということはないにせよ、しかしそれでは

圧倒的に勝つという宿題を、果たすことはできない。目が慣れたらどうというレベルの話でも

なさそうだ。だから、こうなれば雨合羽の攻撃を、相打ち覚悟で正面から受け止めるしかない

――僕は低く腰を落として、ペナルティキックの際のゴールキーパーのように、両手を構え

る。いや――この場合は、バスケットボールの、マンツーマンディフェンスのように、と例え

るのがより明確なのだろうか。

しかし、バスケットボールならば明らかに反則のカタパルトが(なんという反則になるのだ

ろう?)、僕の首の根元辺りを目掛けて飛んできて、それを両手で受け止めようと、右手で雨

合羽の拳そのものを、左手で雨合羽の手首をつかむように、その上で身体全体で雨合羽の左腕

を包み込むように受け止めようとしたのだが――間に合わなかった。いや、間に合わなかった

? ? ? ? ? ?

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のではない、右手も左手も間に合ったが、カタパルトを止めることができなかったのだ。指の

骨が何本か折れるのを知覚した、直後に左拳が鎖骨にヒットする。僕の身体は、ぐらりと後ろ

に大きく傾く――が、なんとか、後ろ足で踏ん張ることは、できた。受け止めることはできな

かったが、体幹に拳が到達するまでに、その威力をある程度削ぐことに成功したということだ

ろう。

雨合羽がその拳を引く前に、早くも折れた指が修復された両手で、その左腕をつかんだ――

ようやく、当初の目的通り、雨合羽の動きを止めることができた。ついに僕は、雨合羽を捉え

ることに成功した。よし、このまま――

「神原、ごめんっ!」

今度は声に出して謝りながら、振り払おうと暴れる雨合羽の左腕を両手で固定したまま、僕

は足刀蹴りで、雨合羽の足に、腹に、胸に、三連続で攻撃を加える。人体構造上、普通の肉体

状態ではまずできないような型の攻撃。雨合羽が攻撃に左拳しか使えないのと違い、僕は四肢

の全てが使える、その差を、そのアドバンテージを最大限に活かさなければならない。

雨合羽の左腕が狂ったように激しく動く。

ダメージがあるのだ。

忍野の言う通りだ、レイニー?デヴィルが全身だったなら、今の僕では勝ち目はなかっただ

ろうが、こうしてその左腕自体を封じてしまえば、圧倒することは、可能――拳自体は連続で

食らわなければ一瞬で修復が可能な範囲の威力だし、だからむしろ厄介なのは神原の底上げさ

れた脚力だが、スニーカーの件は本当にイレギュラーの計算外だったが、それもこうして捉え

てしまえば――後はレイニー?デヴィルが、音をあげるまで、蹴り続ければいいだけだ。音を

あげないのなら、息の根が止まるまで。まるで、駿河問いよろしくの拷問みたいで、あんまり

気分はよくないけれど、しかし、まさか神原の左腕を引き千切るわけにはいかない以上、まし

て神原の生命を絶ってしまうわけにはいかない以上、悪魔が去るまで、攻撃を続け、痛めつけ

るしかない――

がくり、と雨合羽の足が崩れる。

どうやら執拗に繰り返したロー?キックが遂に効を奏したらしい――と思ったが、しかし、

事実はそうではなかった。崩れた足、否、崩した足が、そのまま、僕の顎を目掛けて、最短最

速の軌道で跳ね上がってきたのだ。左腕ではない、雨合羽の左脚が――神原の長い脚が上段回

し蹴りの形で、僕のこめかみに、針の穴でも通すかのように、的確に当たる。その威力は、勿

論左腕でのそれとは較べるべくもないが、しかしそれでも神原の脚力がそのまま攻撃力へと転

化されていて、しかも僕にしてみれば完全に想定外の攻撃だったこともあり、脳が揺らされ、

視点がぶれる。感覚器官へのダメージは、この吸血鬼(もどき)の身体にも確実に有効だ――

しし

つい

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それは春休みの大事な教訓。

僕は雨合羽の左腕から手を離してしまった。

続いてきた雨合羽の蹴りを、防御するために。

十字に組んだ腕の上から食らった蹴りは、やはり左腕のカタパルトほどではなかったが――

その衝撃は、むしろ説明不能なそれとして、僕の思考を混乱させる。

使えるのは左腕だけじゃない、ってのか……?

だって、忍野は、『おもり』だって――

「……そういうこと、なのか?」

思い当たる答は、一つしかない。

つまり、レイニー?デヴィルが、人間のネガティヴな感情をそのエネルギー源として活動し

ているとするのなら、それはつまり、今の場合は神原駿河の、僕に対する嫉妬を食い物にして

いるということになるのだろう――左拳がカタパルトだとするなら、神原の肉体は空母そのも

のだ。熱い思いで、熱い想いで、高圧蒸気を膨張させて、筋肉に凝縮させている。だから、身

体全体も、あくまで『おもり』として左腕に引き摺られているだけなのではなく――いや、基

本的にはそうなのだろうけれど、先程のような状態、レイニー?デヴィルが危機に陥った際

は、防衛行動に出るのにやぶさかではない、ということなのか……?

いや、そんな言い方は詭弁だ。

神原のことを許せるなんていう言葉を使いたいのなら、ここでそんな真実を大きく迂回する

ような表現をするべきではない――脊髄反射的な、電気を流せば蛙の足が動くがごとくに表現

するのは、フェアではないだろう。

つまり。

神原本人の意思で、足は動く。

神原駿河の意思が、噛んでいる。

無意識に、神原は――拒否している。

レイニー?デヴィルの左腕を失うことを。

二つ目の願いが叶わないことを。

僕を殺さないことを。

戦場ヶ原を――諦める気がない。

「……腹黒い、未練ね」

わかるよ、その気持ち。

痛いほどわかる。

痛むほどわかる。

? ? ? ? ? ?

ひ ず

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僕も――失い、捨てたから。

もう二度と、手に入らないから。

雨合羽は、どうしてか、そこから動かない。単純に、磁石が磁力に従い動くように、単純に

一直線に、執拗に左拳を向けていた雨合羽が、動きを止めた――まるで、何か、複雑な考えご

とでもしているかのように。

あるいは。

迷っているように。

迷いのなかった雨合羽の動きが――止まった。

……神原駿河。

戦場ヶ原ひたぎの後輩。

バスケット

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